高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


あ と が き


 アメリカの宗教関連の研究論文の数では、モルモン教に関するものがピューリタニズムに次いで多いとみられている。修士、博士論文も含めると、毎年書かれている論文の数だけでも相当なもので、主だった論文に目を通すのさえ困難である。

 参考文献は記さなかったが、理由は、資料・文献ともに膨大な量に上るからである。そこで関心のある方のために、それぞれのテーマごとに、資料・文献が網羅されている最近の代表的な研究書を紹介しておく。

 一九六一年以降、Brigham Young University Studiesの年末号にその一年問に出版された、修士、博士論文を含めたモルモン教に関する総出版物の一覧が掲載されている。

 ところで、マイケル・クイン氏による新しい研究書が出版されたので紹介しておきたい。D. Michael Quinn, The Mormon Hierarchy: Origins of Power (Salt Lake City: Signature Books, 1994)この著書はいろいろな意味で画期的である。第一に、現在クインは、モルモン研究の最も優れた研究者の一人とみなされていること。第二に、この本の中には、いままでモルモン教徒の研究者にさえ極秘にされ、日の目を見ることがなかったモルモン内部の極秘資料が、豊富に用いられていることである。今般、クインの著書によって始めて明らかにされる事実も相当ある。歴史家レナード・アリントンも内部の極秘資料を自由に用いていたが、それは主として経済分野に限られていた。モルモン内部の極秘資料を用いて、モルモン教の創立過程を明らかにした著書は、これが初めてである。

 この本は六八○頁の大著である。本文が二六五頁に対し、註が二六〇頁という、膨大な資料によって構成されている。残る二〇〇頁は付録である。付録には、極秘資料によって明らかにされた初期の教会当局の役職者一覧、モルモンの軍隊・ボディーガード・ダナイト団・モルモン警察の発展の年表、ダナイト団の団員一覧、「カウンシル・オブ・フィフティ」のメンバー一覧、年表など、現在のところ他では入手不可能な情報が満載されている。今後のモルモン研究が、このクインの著書を無視できないことは明らかである。

 クインが本文で明らかにしていることは、モルモン教は、設立の数年後には過激な暴力的集団へと変貌し、教団の維持と発展、政治的目的の達成、権威・権力の入手のためにさまざまな策略や暴力を用いてきたということである。つまり、モルモン教の歴史は、その手が血に染まっているのである。これまでしばしば主張されてきた、モルモン教徒=一方的に迫害を受けてきた宗教的マイノリティー、というイメージは修正されねばならず、モルモン教の指導者こそ過激な暴力の信奉者であったということを、豊富な資料を用いて立証しているのである。したがって、筆者が本書の「モルモン教の歴史」のなかで一貫して描いてきたモルモン教の姿と、期せずして一致している。

 因みに、マイケル・クイン氏はモルモン教徒であり、一九七六年、イエール大学から歴史学で博士の学位を得た新進気鋭の歴史家である。一九七二年、アリントン氏がモルモン教会の「教会歴史部門」の「教会史家」に就任したが、後日、マイケル・クインはその十数名の研究員の一人に加えられ、モルモン教会の極秘文書に自由に接近できるという特権を得た数少ない研究者の一人であるクインは十年以上にわたり、内部の極秘資料を自由に読み、研究し、数々の論文・著書を発表してきた。しかし、クインが発表してきたモルモン教に関する学術的研究は、モルモン教会当局を狼狽させ、ついにその逆鱗にふれ、クインはブリガム・ヤング大学の教授の地位を剥奪され、一九九三年にはモルモン教会から破門されるに至っている。

 

 このささやかな書が、アメリカ西部開拓について、またアメリカ西部開拓の一翼を担ったモルモン教について、あるいはアメリカ西部の歴史について、読者諸氏の興味や関心にわずかでも応えることが出来るよう願うものである。さらに、アメリカという国をより一層理解するための一助となるならば、それは望外の喜びである。

 最後に謝辞を一言。本書の原稿は、数人の同僚や友人に読んでいただき、貴重な批判や意見をいただいた。名前を記さなかったが、この場をかりて感謝申し上げたい。また本書のために、筆者の勤務する大乗淑徳学園(長谷川良昭理事長)より出版助成をいただいたことをここに記し、深甚の謝意を表したい。また、このような研究に意義を見いだし、出版の機会を与えていただいた新教出版杜の森岡巖社長に、心よりお礼を申し上げたい。このささやかな書を、学生時代より公私にわたりご指導いただき、畑違いの道に進んだ筆者を温かく見守って下さっている恩師、並木浩一先生(国際基督教大学教授)に、心からの感謝を込めて捧げたいと思う。

一九九五年落葉のころ

高橋弘

「素顔のモルモン教」終わり


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