高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


W モルモン教と黒人問題
−モルモン指導者の黒人観


 モルモン教の黒人観は時代とともに変化した。この変化は、モルモン教の創始者ジョセフ・スミスと、二代目大管長ブリガム・ヤングという二人の指導者の黒人観に、興味深いかたちで表れている。そこでまず、以下の議論の理解を補強するいみで、黒人観にかかわる主要な歴史的出来事をまとめておこう(《表−2》を参照)。スミスやヤングの奴隷制度との関わりはすでにみてきたが、改めてこれらの指導者の黒人観を確認しておきたい。

 

《表−2》

ジョセフ・スミスの時代1830-44
1830 ジョセフ・スミス,[モルモン経」初版
1831.7 スミス,多妻婚を指示する(インディアンとの通婚の勧め)
1836.3.3 黒人 Elijah Abelはelder(長老,上位の神権)に任命される
1838 スミス,即時奴隷制度廃止論者を攻撃
1841.4.4 Elijah Abelはseventy(七十人)に任命される
1842 スミス,『アブラハムの書』出版
1844 スミス,大統領選挙に出馬。segregationを提唱。
同年,スミス死す

 

プリガム・ヤングの時代1844-77
1846-7 モルモン教の分裂,ヤングのグループはユタヘ脱出
ヤング,奴隷制度の容認と合法化。モルモンの間に奴隷所有者あり
1850's

西部準州のなかで奴隷を合法化していたのはユタのみ

1850- 奴隷解放令 ユタでは奴隷の売買が行われる
ヤング,黒人との通婚を死罪と定める
1860 国勢調査,ユタ準州の黒人の数は59人(奴隷は29人)
以後,黒人差別と人種主義が固定化され強化される

 

第二次大戦以降1945-78
1940's以降 差別撤廃,公民権運動の高まり,これに対するモルモン教会の反発,反動
1970's ジョセフ・フィールディング・スミス(大管長,1970-72)等,反黒人思想・政策をさらに強化する

 

黒人問題の大転換 1978
1978 大管長スペンサー・キムボール,人種にかかわりなく神権を授与すると宣言。黒人の神権への道が開放される。

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