高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


W モルモン教と黒人問題
−息子エノク・エイブル


 エライジャ・エイブルの息子エノクは、一八五二年にユタで誕生した。それはモルモン教徒のユタ入植後六、七年目のことであり、大管長ブリガム・ヤングがその指導力をおおいに発揮していた時代のことである。エノクの洗礼については不明である。しかし父エライジャがモルモン教徒であったから、エノクも早くに洗礼を受けたはずである。実際エノクが四八歳のとき、elder(上位の神権)に任命されている。しかし、彼はたまたまその三ヶ月後に死亡した。

 エノクは四人の大管長の時代を生きた。すなわち、ヤング、テイラー、ウッドラフ(在位期間、一八八九−九八)、スノウ(一八九八−一九○一)の時代である。エノク・エイブルについて特筆すべきことは、どのような事情があったかはわからないが、彼がある程度の高齢になるまで神権を受けられなかったということと、しかしそれにもかかわらず、最後には神権が授けられたということである。つまりエノクは、ヤング、テイラー、ウッドラフという指導者によって差別をうけ、スノウになってはじめて神権が認められたということである。

 もうひとつの驚くべき事実は、黒人との通婚が死罪とされ、人種間結婚を試みたものは冷酷に粛清される時代であった当時のユタで、エノクが白人女性メアリー・ジョルディ(Mary Jordi)と結婚したという事実である(35)。そして妻メアリーとの間に七人の子供を得ている。その子供の一人がエライジャ(彼の祖父と同名)である。

(35) 高橋弘「モルモン教と暴力−アメリカ西部開拓史におけるマカベア型宗教の成立−」ICU比較文化26号、1994年8月・・・この中の「アフリカ人との通婚」参照。


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