高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


W モルモン教と黒人問題−
黒人エライジャ・エイブルとその一族


 モルモン教会はアメリカでもっともラディカルな人種主義的教団であり、その歴史においては黒人差別を当然のように考えてきたグループである。したがって、かつてモルモン教会のなかに黒人の神権保持者がいたことは、とても信じがたいことなのである。しかしある研究者は、初期の信徒に黒人の神権保持者がいたことを知り、その子孫の調査をした結果、その黒人は親子三代にわたって神権保持者であったという驚くべき発見をし、その事実を明らかにした。つまりモルモン教会は、黒人は永遠に神によって呪われていると教え、その人種主義的教理を確立し、黒人を不当に差別してきたその歴史の裏で、呪われているはずの黒人を祝福し、彼に神権を与え、その権威を認めていたということを、この事実が物語っているからである。しかし当時の指導者は、少なくとも百年間、この事実を知っていたはずである。つまり、神の預言者としてすべてのことを把握し、すべてのことを指示・指導していた教会において、黒人差別を当然とする神の法や教理に反してまで、黒人に神権を授けていたということであり、このような重大なことを大管長の許可なく行うことは考えられないからである。ともかくモルモン教会は、今日までこの事実を隠蔽してきた。

 その黒人とは、エライジャ・エイブルのことである。Abelという名前は、Ableと記されていることもある。当時の新聞や出版物のみならず、モルモン教会の記録にもAbelとAbleが同じ割合で現れる。英語の音としては、この二つの名前はほぼ同じであり、区別しにくいことから間違えやすかったに相違ない。どちらが正しい表記かについては決め手がないので、筆者は研究者ターナーの意見に従うことにした。

 さて、黒人工ライジャ・エイブルとその子孫は三世代にわたってモルモン教徒であり、その記録をターナー氏の研究を参考にまとめてみると《表−1》のようになる。

 

《表−1》

Elijah Abel (メリーランド州にて誕生1810.7.25-1884.12.25)
1832.9 洗礼を受ける(by Ezekiel Roberts,オハイオ州カートランドにて)
1836.3.3 elderに任命される,“Ministers of th e Gospel''になる。
  スミスの忠実な部下,請われてノーヴーへ
1839 ノーヴー第一の葬儀屋/ノーヴーではスミス家に住む
1841.4.4 神殿建設に尽力したためseventyに
  スミスが逮捕されたときその救出隊の一員
1845-6 ソルト・レーク(ユタ)へ移る Farnham Hotelでマネージャーをする
1870 国勢調査ではオグデン(ユタ)に住む,“mulatto"に分類される。仕事は Minstrel Show/Performer
1883 カナダヘ伝道のため派遣される
1884.12 カナダから帰国後,衰弱により死亡
8人の子供(6人の娘,2人の息子Elijah, Enoch)

 

Enoch Abel   Elijahの息子(ユタ州にて誕生1852.9.6-1901.2.21)
1880

国勢調査では Little Cottonwood CanyonのSilver Districtの鉱山労働者。後,ローガンに住む肉屋,白人女性Mary Jordiと結婚,7人の子供

1900.11.10

elderに任命される(by John Q. Adamsローガンにて)

1901.2 その3ケ月後,肺炎で死亡

 

Elijah Abel Enochの息子 Elijahの孫(ユタ州にて誕生1892.12.26-?)
1917.6.30 洗礼を受ける
1925 deacon(下位の神権)に任命される
1934.7.5 Priestに任命される(by J. C. Hogenson)
1935.9.29 elderに任命される(by Ruben L. Hill

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