高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


W モルモン教と黒人問題−
モルモン教と奴隷制度


 モルモン教会の公式的見解に従えば、モルモン教ははじめから奴隷制度に反対であり、その歴史のなかで奴隷制度を支持したことはないという。たとえばモルモン教徒であるジョン・スチュアートは、その著書のなかでこの問題を詳細に論じ、モルモン教の教祖ジョセフ・スミスを次のように描く。

 「預言者(ジョセフ・スミス)の全生涯が示していることは、彼が迫害も、世間の非難や翼も恐れはしなかったということであり、このことは疑問の余地がない。彼ははっきりと自分が真実だと信ずることを教えていた。いかなる苦難や困難も彼の行動を変えることはなかった。迫害に屈したり真理を曲げるくらいなら、彼は死を選んだのである。ジョセフ.スミスが、黒人にたいする偏見をあらわにすることにより世間の気をひいたのだと考えることほど、この勇気ある人物にたいするはなはだしい誤解はないし、歴史的事実から大きくかけ離れた認識はない(17)」。

 スチュアートによれば、スミスは黒人にたいする偏見がなかったぱかりでなく、むしろ奴隷制度の廃止に積極的であったという。スミスは、当時としてはあまり評判の芳しからぬ奴隷制度廃止論者をわざわざモルモンの本拠地に招き、その男に話しをさせるほど熱心な奴隷解放論者だったとスチュアートは語る。しかし彼はスミスがどの新聞にそれを載せたかについては特定せず、彼の主張を証明するものを何一つ提出していない。ただしこうした著書や論文が、このような通説の形成に貢献していることは疑いようがない。たとえば歴史学者で、アメリカ西部史会々長ウイリアム・ホロンは、彼の著書のなかで、モルモン教徒は奴隷制度に反対だったので迫害を受けたのだという通説を一歩も出ない記述をしている。

「…モルモン教徒は、迫害、誹藷、襲撃の連続劇を経験する…奴隷制廃止論者を考慮にいれても、アメリカ生まれの白人にとってこれほどはげしい憎悪の標的にされ、狂気の暴徒による暴力行為の餌食になったグループはなかった。……もっと致命的だったのは、モルモン教が奴隷制に反対だったことだ。〔モルモン教は〕混血やニグロを公然と迎えいれると宣言していた。新教徒の目には、黒人を「歓迎」するということは、そうしておいてモルモン教徒が武力行使にでるのではないかと映った…(19)」。

 こういう記述から判断すれば、他の内容はともかく、モルモン教の歴史に関するかぎり、ホロンは新しい資料をほとんど読んでおらず、それまでの偏った歴史像をそのままうのみにしていることは明らかである。しかしこのような理解はけっして例外に属さない。

 しかしながらごく最近に至るまで徹底した人種差別を行い、人種主義の立場を貫いてきたモルモン教会が、その初期には奴隷解放論者であったとは信じ難いことであるし、仮にそうであったとすれぱ、では一体いつから人種主義に偏向したのかという疑問が生じる。したがって果たしてジョセフは本当に奴隷解放論者であったのか、当時の指導者は実際とのように考えていたのか、奴隷の所有、売買に関してどのような立場をとっていたのか、こういう点について確認する必要がある。

(17) J. J. Stewart and W. E. Berrett, op. cit., Part 1, p. 15.
(18) ibid., Part l, p. 16.
(19)ウィリアム・ホロン、中山容、他訳「アメリカ・暴力の歴史」人文書院、1992、47−48頁


前に戻る   次へ進む

「素顔のモルモン教」へ戻る

wpe2.jpg (1592 バイト)