高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


W モルモン教と黒人問題−
黒人差別撤廃宣言とその矛盾


 こうしたことが重なりついに一九七八年、大管長キムボールは人種にかかわりなくすべてふさわしい者に神権を授与すると宣言し、黒人にたいしても神権への道を開放した。その年に一人の黒人に神権が授与された。またその後、黒人と白人との通婚がモルモン教会のなかに増えているという報告である。しかし、この宣言そのものの矛盾と問題点が明らかになってきたのである。

 第一に、モルモン内部からの批判が増すにつれ、キムボールが、この宣言は神からの啓示ではなく単なる個人的宣言であると変更したことである。モルモン教会のなかで神の啓示を受けられるのは預言者としての大管長一人である。しかし大管長キムボールは、この黒人差別撤廃宣言は、預言者としての言葉ではなく大管長の言葉にすぎないと説明した。これは明らかな矛盾である。モルモン教会ではすでに黒人に神権を与え、黒人との通婚を許可しているからである。

 第二に、この宣言には黒人への呪詛についての言及がない。表面的には教団内での黒人差別は中止されたが、黒い皮膚が神の呪いであるとする教理は誤りとして撤回されてはいない。差別の根源である『アブラハムの書』は、まだモルモン教の正典として位置づけられたままである。またモルモン教の説話に従えば、呪いがとけた黒人の皮膚は美しい白色へと変わるはずである。しかし、このことについても何の言及もない。

 第三に、モルモン教の黒人への態度の変化は内発的なものではなく、外発的なものであると思われることである。つまりモルモン教会をとりまく社会的、経済的圧力により変化を余儀なくされた面があることは否めない。まずブラジル政府からの圧力があった。モルモン教会はブラジルに数十億円の神殿建設をしていたが、ブラジル政府はモルモン教会にたいして、このまま人種差別を続けるなら免税措置を撤回すると通告した。さらにNAACPをはじめとするアメリカ国内の人種統合を推進するいろいろなグループからの激しい批判とともに、モルモン製品の不買運動が起こった。あるいは、全米の黒人運動選手がモルモンの大学(ブリガム・ヤング大学)をボイコットすることを決めた。また名門スタンフォード大学がブリガム・ヤング大学との一切の関係や協力を拒絶した。こうした様々な外圧が、モルモン教の人種主義政策の変更をうながした遠因である。


前に戻る   次へ進む

「素顔のモルモン教」へ戻る

wpe2.jpg (1592 バイト)