高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


W モルモン教と黒人問題−矛盾の露呈


 モルモン教の人種主義的立場は終始一貫している反面、いろいろな面での矛盾がしだいに表面化しつつある。矛盾の範囲は教理的な面から、人種主義の具体的な慣習にまでわたっている。

 根本的な矛盾のひとつは正典の矛盾である。『モルモン経』には、すべての人は神のまえで平等であるとするキリスト教的理想主義があるいっぽう(15)、黒い皮膚は神の呪詛であるとする人種主義的現実主義がある。つまりモルモン教にとって最も重要な書物に、相反する教理が同居しているのである。また『アブラハムの書』において、黒人への祝福を拒絶する族長ノアの姿が描かれている。この矛盾は、これらの本を書いたジョセフ・スミスの思考における非一貫性に由来するが、スミスの著作は初期の理想主義からしだいに人種主義的現実主義への変容の過程をたどるのである。

 さらに歴史を調べていくと、重大な矛盾にきづかされる。筆者はながい間モルモン教の歴史には黒人は存在しないと思いこんでいた。しかし最近になって、モルモン教設立二年目にはすでに、すくなくとも一人の神権を授けられた黒人信徒が存在することが明らかになった。その黒人の名はエライジァ・エイブルであり、教祖ジョセフ・スミスの信頼をうけていた人物である。エイブル一族は、その後一世紀にわたってモルモン教会の歴史に登場する。そこで疑問になるのが、モルモン教の人種主義的立場と実際に神権を授けられた黒人信徒が存在したという事実の矛盾である。このことは後述する。

 もうひとつの問題は、世界伝道にともなうモルモン教の人種主義政策の問題と矛盾である。モルモン教の伝道は、初期は主としてアメリカ国内の他、カナダ、イングランド、スコットランドを中心にすすめられてきた。そのため教会内部には事実上、人種問題は存在しなかった。しかし、伝道の範囲を中南米やハワイ、南太平洋諸島、アジアへと広げるにつれ、にわかに人種問題が深刻な問題として浮上してきたのである。アジア人に対する神権の授与や、リーダーへの登用にはさほど抵抗はなかったようである。しかし中南米の黒人と疑わしき信徒や、皮膚の色の濃いメラネシアの島民に神権を授与すべきかどうかについては、簡単に結論は出ず、モルモン教会は苦しい選択を迫られることになった。つまり伝道を中止すべきか、あるいは彼らにも指導者への道、すなわち神権を与えるべきかどうかを決定しなくてはならなかったのである(16)

 その後モルモン教会は、アフリカ系黒人とパプア・ニューギニアの現地人を例外とし、すべての男性会員には神権を付与することを決定した。この結果、だれの目にも明らかな矛盾が出現することになった。すなわち、中南米にはアフリカ系黒人の神権保持者がいるいっぽう(祖先が特定できないため、神権は拒否できないという説明であった)、アメリカ国内には、紺碧の目をしたブロンドの白人がその祖先に一人の黒人が存在するために神権を拒絶されたり、また判断の迷うケースも多々あるということである。モルモン教会が、ブリガム・ヤングの「一滴の黒人の血の混入も、黒人である」という教説を固持しているからである。このほかにも、アメリカの二〇パーセント以上の白人には黒人の血が混入しているとする最新の科学的データや、ヨーロッパ人のなかに黒人の血が混入していないものはほとんど存在しないとする科学的記事をまえにして、矛盾は増すばかりであった。なぜなら、こうした科学的データによれば、百パーセント純粋な白人は存在しないということを意味するからである。これにヤングの定義をあてはめると、神権を受けるに値するモルモン教徒は一人も存在しないことになるからである。

(15)Book of Mormon, 1 Nephi 12:22-3, 2 Nephi 5:21-3, Alma 3:6-9, Mormon 5:15, Book of Abraham, Pearl of Great Price, 1:21-6
(16)Wallace Turner, op. cit., pp.262-3


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