高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


V モルモン内部の歴史論争−所感


 以上が論文に付記された論争の顛末記である。蛇足ながら、感想を少々述べておきたい。一つはモルモン教会のなかでも、歴史にたいする態度や意見が決して一致しているわけではないということ。過去の出来事についての、モルモン神話(説話)と新しい歴史研究とのギャップは表面化してきたばかりで、科学としてのモルモン教の歴史と信仰的遺産としてのモルモン教の歴史は、いまのところまったくの別もので、これをどう調整するかは今後の課題である。ただ、モルモン教の内部から、自分たちの歴史を客観的に学び直そうとする意識・運動が生まれてきたことは、高く評価できることである。

 さらに教会当局も、一方ではベンソン、パッカーなどに代表される超保守的指導者と、他方、ハンター、モンソンに代表されるやや革新的指導者がいて、指導体制が決して一枚岩ではないということである。したがって、歴史研究の方向や情報公開という面でも、一貫した方針というものはなく、よくいえば柔軟に対応しているし、別の言い方をすれば内部の力関係と、外の評判や外圧等々に基づく教会当局の状況判断で、いかようにも左右されるという不安定な面をもっていることである。

 もう一つのことは、モルモン教のなかにいわば民主化が進んでいることである。教会当局は、学術やメディア、ジャーナリズムに非常に脆いという性格をもっている。今度のクイン辞任劇は、学術的な分野での民主化要求にたいする権力側の一つの反動として理解すべきかもしれない。いずれにせよ超保守的教団であり、共和党の砦としてのモルモン教が変貌するのも時間の問題であろう。

 BYUにつていもいろいろ興味深いことがある。もちろんBYUはモルモン教会が設立した大学であるから教会主導型であることは理解できるが、政策、経営、人事などの面に教会当局の意向が色濃く反映されていることが伺え、学問の府としては一人前にみられず、外部の大学からは何となく不審の目でみられているのも頷ける。クインの観察では、教員に問題があるのではなく、理事会とそれを左右している教会当局が問題であるという指摘は、他の点を考慮しても納得がいく。大学をアカデミズムに任せるか、それともモルモニズムに任せるかという緊張、目に見えない闘いが伝わってくる。BYUが民主化され、真の大学になるのも遠い将来のことではないと思うが、それにしても教団本部が大学の研究等々に干渉している現実をみる限り、問題の根は深いといわざるを得ない。

 最後にマイケル・クインについて一言しておく。その後クインは、ハンティントン・ライブラリーやインディアナ大学=パデュー大学、米国政府などからの様々なリサーチ・フェローシップを得て研究を続け、次々と優れた論文を発表している。現在のクインはフリーランスとして研究と執筆活動を続けている。彼は新しい歴史研究を目指しているグループの中でもリーダー的存在であり、彼らの精神的支柱である。そういう意味でも、クインはモルモン知識人を代表する人物であり、モルモン教会におけるクインの運命はモルモン知識人の運命を象徴しているといえよう。歴史家クインの研究は、モルモン内外から注目され、支持もされている。彼のもっとも新しい著書は一九九四年に出版された『モルモン・ヒエラキー:権力の起源』である。まだその書評しか読んではいないが、それはモルモン教の初期の歴史にかんするもので、その初期の歴史にはあらゆる形の暴力と陰謀があったという、モルモン教の裏表をつつみ隠さず述べている本だそうで、もしその通りであるなら画期的な歴史書の誕生である。

 

 蛇足であるが、一九九三年一〇月二日の「ソルト・レーク・トリビューン紙」は、マイケル・クインを含む六名の著名なモルモン教徒が、教会当局から「棄教」として破門されたことを伝えている。モルモン教内部の粛清が依然として続いていることが、その後の新聞で報道されている。

 また、大管長エズラ・タフト・ベンソン氏は一九九四年五月三〇日に他界した。享年九四歳であった。ベンソン氏は一九八五年、八六歳で大管長に就任し、それ以来八年間モルモン教会を指導してきたのである。おそらくベンソン氏は内外で最も知名度の高いモルモン教徒ではなかろうか。さて、その後任として、ハワード・ハンター氏 (八六歳) が第一四代大管長に就任した。また副管長にはゴードン・ヒンクリー氏とトーマス・モンソン氏が任命されている。

 ところが本年(一九九五年)三月一四日の「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙」は、大管長ハワード・ハンター氏が、三月三日に八七歳で死亡したことを伝えている。そして後任には、ゴードン・ヒンクリー氏が選任され、第十五代大管長に就任したそうである。今後、中道派のヒンクリー氏が、モルモン教会をどのように指導していくかが注目されよう。さて副管長の地位に誰が任命されたかは確認していないが、モルモンのアメリカ人宣教師から聞いたところでは、第一副管長は革新派のトーマス・モンソン氏、第二副管長は超保守派のジェームズ・E・ファウスト氏が指名されたそうである。 


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