高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


 

V モルモン内部の歴史論争−教会当局の本音


 エズラ・タフト・ベンソンやボイド・パッカーなどが要求していることは、モルモンの指導者について述べる場合、人間的弱さや、まして誤りについては決して言及してはならないということである。なぜならそれは第一に、モルモン教の敵に有力な武器を提供するようなもので、敵につけいるスキを与えてしまうこと。第二に、モルモン教の信徒の中には、まだ信仰という点で充分に成長していない、いわば幼児の信者がいるから、歴史家が書くようなかたい食物はまだふさわしくないというのである。

 これにたいするクインの主張は、こうである。教会当局が要求するとおりにモルモンの指導者を描くことは、人間を神話化することであり、歴史的事実からかけ離れた人物像を描くことである。第二に、教会当局は、幼い信者ばかりでなく立派に成長した信者にたいしてもミルクだけを与えようとしており、大人になった信徒にも決して歴史家の書くものを与えたがらないこと。聖書をはじめ『モルモン経』『教義と聖約』『高価な真珠』という正典には、神に用いられた使徒や聖徒が、弱さをもつ人間として登場するのであり、その弱さを併せもつ人間が偉大な神の働き人となるのであり、教会当局が望んでいるような完全無欠な人間は一人として存在しないのである。クインはこのようにいっているのである。 


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