高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


V モルモン内部の歴史論争−教会当局の歴史家批判−批判の具体的内容

その5・歴史学は必要か


 ベンソン、パッカー、およびミグレイの歴史家にたいする最大の批判は、モルモンの歴史家が「世俗の歴史学」を採用しているということと、研究発表の中から聖霊の存在を捨て去ったという批判である。たとえばボイド・パッカーは、モルモンの研究者、とくに歴史家のこうした傾向にたいし、つぎのような警告を発する、「過去、現在を問わずモルモン教会そのものを、ことにその教理、組織、指導のありかたを、歴史学という学問を用いて裁きはじめている・・」。また、ミグレイも「今日、歴史家は教会のなかに身をおきつつ、その上で完全に世俗化された歴史学的方法を用いてモルモン教の福音を研究し評価するという芸当が可能なのである」、と述べる。

 クインからすれば、これらの指導者たちが要求しているものは「一元論的」歴史観である。つまりジョセフ・スミスをたんなる詐欺師とする「一元論的」観点を退ける一方、スミスをひたすら神の預言者として理解しようとする、これまた偏った「一元論的」観点である。クインが提唱する歴史とは、ジョセフ・スミスをさまざまな観点から把握すること、すなわち「多元的」観点から解釈、説明を試みる「多元的歴史観」なのである。


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