高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


V モルモン内部の歴史論争−教会当局の歴史家批判−批判の具体的内容

その2・過去の出版物の扱いについて


 これと関連する、教会当局からのもう一つの批判は、以前に出版されているという理由だけで、微妙な事柄や論争となる問題を取りあげたり出版したりすべきではない、というパッカーの批判である。たとえば、教会当局は最近、絶版になっていた旧い出版物(たとえば一八三〇年の初版の『モルモン経』等々) の、一部ないし全部を教会史家が再版していることを批判した。パッカーが歴史家にたいして特に警告していることは、過去に出版されたことがあるという理由だけで、過去の歴史から「役にも立たないこと、好ましくないこと、センセーショナルなこと」をわざわざひき合いに出してはならないということであり、歴史家の「すべてを明るみに出すべきであるという理論にたいする大袈裟な忠誠」を、パッカーは厳しく叱責しているのである。

 これにたいしてクインは、かつての指導者が信仰の向上に役だつと公認した書物を歴史家がふたたび出版することにたいして、今日の指導者が非難するということは奇異なことだと主張する。また歴史家が何からかにまで明らかにしたがるというパッカーの批判については、これは人間としての誠実さの問題であり、またプロとしての姿勢の問題である。宗教と関係のないテーマを論ずるとき、そのテーマと関係のある事実を知りながら故意に語らないなら、不誠実だと非難されても仕方のないことである。宗教だからといって何も特別なことはない、とクインは反論する。かつて副管長ルーベン・クラークが「教会史家」ブリガム・ロバーツと七巻本『モルモン教の歴史』を批判したのは、まさにそのことが理由だった、とクインはいう。

 一九四三年、大管長会と一二使徒評議会の重鎮を前にしてのクラークの批判はつぎのようなものであり、今日の若い歴史家たちの批判よりはるかに手厳しいものであった。

 「このたび出版された、資料によって描くモルモン教の歴史書は、いままで書かれてきた歴史資料をすべてそのままの形で取りあげているわけではない。ロバーツ氏は、あちらこちらに変更の手を加えたのである。われわれには、資料をどのように変更したのか、あるいは変更箇所がどこなのか必ずしもわからない。したがって歴史資料としては、今回出版された歴史書にはわれわれは全幅の信頼を置くことができない。ロバーツ氏の仕事は、弁護人としての仕事ではあるが、裁判官としての仕事ではない。したがってロバーツ氏の記述を信頼することはできないのである。彼のやり方は、まず書きたいテーマを決める。それから自分の主張にあう証拠や資料を探してくる。もしも途中で自分の主張と相いれない証拠がでてきたなら、残念ながら、それらの証拠はすべて省略されてしまうのである。」


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