高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


V モルモン内部の歴史論争
− 教会当局の歴史家批判


 毎年新たに加入してくる何十万人という改宗者を、今日のモルモン教の信仰、神学に導くことを最大の課題とする教会当局は、爆発的に発表される著書や論文にたいして素直な喜びを感じていたわけではない。一つには、反モルモン教の活動が教理にたいする攻撃から、過去の歴史にたいする攻撃へと変更したことにも関係している。ともかく、モルモン教会内部ですすめられている歴史研究や出版活動にたいし、十二使徒評議員会の二人の人物が、モルモンの歴史家や研究者を問題視しはじめたのである。この二人の人物とはエズラ・タフト・ベンソンとボイド・パッカーである。エズラ・タフト・ベンソンは、かつてアイゼンハワー政権のとき農務長官を勤めた人物で、その後ブリガム・ヤング大学学長を経て、モルモン教会大管長に就任した人物である。つまりベンソンこそ、全モルモン教会を指導し、また生ける神の預言者として君臨する人物である。ボイド・パッカーは、使徒の一人で、超保守的な指導者である。そしてこの二人に、ブリガム・ヤング大学政治哲学教授ルイス・ミグレイが加わる。わかりやすくするため、教会当局を代表するベンソン等の主張を一つひとつとり上げ、それに対する歴史家クインの反論を紹介する。

 まずエズラ・タフト・ベンソンは一九七六年、次のような見解を明らかにする。

「歴史をヒューマニズムの立場から解釈しようとする哲学は世俗社会ばかりでなく、われわれモルモン教会の歴史のなかにも持ち込まれているし、いまもその傾向がなくなってはいない。・・・この哲学が意図していることは、重要な出来事における啓示や神の介在の役割を目立たなくさせることであり、神の予言者たちを過度に人間的に描くことである。その結果、これら予言者たちの霊的側面よりも人間的弱さのほうが強調されてしまうのである・・」

 その五年後の一九八一年、ボイド・パッカーはベンソンの見解をさらに押し進め、学問的な論文を執筆している歴史家をこのように断罪する。

 「残念なことに彼ら〔歴史家〕が語っていることは、信仰を向上させるものでないばかりか、彼らが予期する聞き手の理解をはるかに越えるものであり、信仰を破壊するものである。
 歴史学という科学が要求する信条に従う者は、どれほどモルモン教会を傷つけたり『高等批評』なるものにまったく馴染みのない人々の信仰を破壊しているかということを別にしても、まず彼ら自身が霊的な危機のなかにいるのである。」

 同年、ブリガム・ヤング大学のルイス・ミグレイはモルモンの歴史家について次のように結論づける。

 「ある歴史家たちが、一方では忠実なモルモン教徒としての勤めをはたしつつ、『客観的歴史』を目指す、分別のある率直な歴史家としての役割を果たそうと懸命になっているのをみるのは、じつに堪えがたいことである。これら二つの役割は性質をまったく異にするものであり、そこからは悪い信仰すなわち自己欺瞞と、おそらくある種のはなはだしい偽善しか生まれてこない。歴史家の自信にみちた態度とは裏腹に、そこからは、ある意味では害になる歴史しか生まれてこないのである」

 具体的内容はともかく、これら教会当局を代表する高名な諸氏の批判・非難のトーンの高さや、また彼らが信徒たちの信仰を心配し、それを危うくする歴史家にたいして烈しい批判を浴びせていることがわかる。

 マイケル・クインは、自分自身をこうした批判にさらされている当の歴史家の一人として位置づけ、その弁明を試みているわけであるが、クイン自身の論理は非常に明快で、外部の人間にとっても理解しやすいものである。しかし何といっても興味深いのは、若手の歴史家たちを批判する教会当局の考え方、論理である。そこでもう少し掘りさげ、いったい教会当局は具体的に何を批判しているのか、あるいはどのようにモルモン教の歴史を書くべきだといっているのか、クイン論文の先をみてみよう。 


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