高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史 - 5 ノーヴー時代

変貌するモルモン教


 「・・主の御許へくる者は黒人と白人、奴隷と自由人、男と女の区別なく誰を拒みたもうことはない。また主は異教徒さえもかえりみたもうから、神の御前にはユダヤ人も異邦人もみな平等である」(60)

 モルモン教会は、一八三〇年に設立されてからわずか一〇数年のうちに大きくさま変わりした。発足当時のモルモン教は、『モルモン経』という特異な経典をもってはいたものの、キリスト教の伝統にたつ信仰や教義をそなえていた。『モルモン経』には非常に風変わりな架空の物語がのべられているが、その底に流れている教えや信仰は、あらゆる人種に寛容な父なる神(一神教)、男女の平等にもとづく一夫一婦制、魔術や秘密結社の否定、暴力や殺人の否定、平和主義などにみられる、きわめて正統的キリスト教信仰に近いものであった。

 しかし預言者ジョセフ・スミスが、『モルモン経』と矛盾する啓示を語るようになってから、モルモン教は、本音と建前、裏と表の二重構造をもつようになった。そしてスミスという男の本音が、『モルモン経』の建前をしだいに浸食していくことになる。まず一夫一婦制というきびしいモラルが否定され、多妻婚が救済の中心的教義として導入される。人種の平等思想は、奴隷制度の容認と奴隷制度即時廃止論の否定にかたむき、黒人差別と人種主義的教団へと変貌してゆく。「死者のバプテスマ」はモルモン神殿の中心的儀礼のひとつであるが、死者の救済のために死者にかわって洗礼をうける異教的儀礼であり、魔術である。また秘密結社「ダナイト団」や「カウンシル・オブ・フィフティ」は、民主的組織を標榜するモルモン教のなかに二重構造があったことを物語る。

 罪ある人間が神によって救済されるというキリスト教信仰が、人間が秘密の方法によって神々にいたるという、密義宗教に変貌した。モルモン教は、フリーメーソンの影響により、一神教から多神教へと変貌した。つまりフリーメーソンもモルモン教も、人間が神々に到達するための方法であり密義である。このことはモルモン教のなかに魔術が復活したことを意味する。礼拝や祈祷、ミサといった儀礼より、神殿における「死者のバプテスマ」や「エンダウメント」、神権の授与といった異教的儀礼のほうが重要である。したがってモルモン教という宗教の中心にあるものは理性的信仰ではなく、魔術的儀礼である。

 モルモン教とは、結局、ジョセフ・スミスの宗教であり、同様に、ブリガム・ヤングの宗教である。モルモン教には『モルモン経』や『聖書』という正典があるにもかかわらず、正典としての機能をはたしてはいない。モルモン教を左右しているのは、モルモンの預言者とよばれるカリスマである。スミスやヤングは宗教的カリスマであり、モルモン教を決定的に方向づけた人物である。モルモン教が大きく方向転換したのは、スミスやヤングが変容したからである。モルモン教におけるカリスマ的教祖による支配は、まさに魔術的支配であることを明らかにしたのである。

 ジョセフ・スミスがモルモン教を創設したころの理想主義は、しだいに現実的な現世肯定へと変化する。『知恵の書』において酒類の売買はおろか、コーヒー、紅茶、酒を禁止していたにもかかわらず、後には、スミスやヤングはひそかにこれらを楽しみ、また、ウイスキーやワインの醸造・販売をはじめるのである。またスミスは富や名声の獲得という世俗的成功を夢みていた。スミスは権力志向が強く、モルモン教の中にピラミッド型の権力構造を確立し、権威と権力を独占したのである。いっぽうヤングは、富と権力にたいする執着は並外れており、スミスの比ではなかった。スミスは市長、モルモン軍の司令官、大統領候補者として世俗的権力の拡大に努めたし、ヤングの場合は、ユタ準州の総督として、あらゆる富と世俗的権力を自分のものとした。また多妻婚における妻の数は、指導者の権力を誇示する一つのバロメーターである。さらに彼らは、教団内部に秘密警察を組織し、内外の敵を粛清するという暴力路線と、州や連邦との摩擦は武力で解決するという武装化路線を採用した。

 こうしたモルモン教の変容を目のあたりにして、驚き怪しんだのは外部の人々だけではなかった。多くの信徒や指導者たちは、こうした変化を本来のモルモン教からの逸脱、あるいは誤りであると感じ、モルモン教を棄てる人々もいた。またある者たちは、指導者にたいし疑問や非難の声をあげたこともあった。しかし上からの指導に服さないものは、追放や粛清という運命に見舞われたのである。新しい教えが導入されるたびに信徒たちはふるいにかけられ、多くのものは脱落していった。しかし同様に、新しい教えはそれに共鳴する新しい信徒も獲得したのである。モルモン教徒にとって、良い信徒であり続けることはきわめて困難な課題だったのである。

(60)『モルモン経』ニーファイ第二書 26: 33


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