高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史 - 5 ノーヴー時代

世俗の権威に背を向けるまで


 一八四三年六月、ミズーリー州の保安官がジョセフの逮捕を妨害された事件は、ミズーリー州知事レイノールズを大いに憤慨させ、知事レイノールズは直ちに新たな逮捕状を発行し、イリノイ州知事フォードにジョセフ逮捕の協力を要請した。これを聞きつけたウオーカー議員(ホイッグ党)は直ちに知事フォード(民主党)に会い、この要請を無視するように説得した。フォードは、真の問題は「特許状」にあることを見抜き、議会での取消しを願っていた。しかし選挙が念頭にある民主党の議員たちはモルモン教徒との妥協の途を選び、結局、フォードの提案を無視したため、やがて怪物のように巨大化していくモルモン教会との対決を余儀なくされるわけで、彼らはイリノイ州の歴史に汚点を残すことになったのである。

 民主党とホイッグ党を手玉にとって利用していたジョセフは、つぎの選挙の時、何方かを選択することを強いられた。つねに集団で統一行動をとるモルモン教徒は、アメリカ民主主義の伝統を知らなかった。結局、ジョセフはミズーリー州のシェリフによる逮捕・連行を極度に恐れていたことと、兄ハイラムが次回の選挙で出馬を狙っていたことから(ハイラムは民主党議員たちと、選挙の相互協力を約束していた)、民主党をおすことを決定した。こうしてモルモン教徒の二〇〇〇票が民主党候補ホッグズに流れ、ジョセフの逮捕の際に奔走したホイッグ党候補ウオーカーは落選した。ジョセフはウオーカーとの約束を破ったわけである。

 ジョセフは人身保護令状の力で逮捕をまぬがれて以来、一つの妄想(パラノイア)を抱くようになる。それはイリノイ州も合衆国政府も彼の味方であり、さらには自らの僕であるという考えである。イリノイ州や合衆国政府は彼のために尽力するのが当然であり、もし彼に反対・対立するなら赦しがたい、とジョセフは思っていた。もっともジョセフ・スミスの妄想癖は青年時代からのもので、祈っていると神が顕れたり、自分を神の預言者と自認したり、あるいは金版や「最初のヴィジョン」の一件にも、この妄想癖をみることができるのである。

 三〇歳を過ぎるころから、ジョセフは自分の力を過信しはじめる。それは例えば、ジョセフがごく身近な部下にさえ、彼にたいする尊大な態度や批判を許さず、また腹心の部下の言葉にさえほとんど耳をかさなかった、ということにも表れている。教会指導者の地位を誰かに譲るということは、ジョセフには想像すらできなかったのである。こうしたジョセフの自信はさまざまな活動となって表れるのである。

 まずジョセフは、ありとあらゆる権威、権力を入手しようとする。彼はモルモン教会の大管長であり預言者であったばかりではない。彼は同時に大商店の店主(そこでは酒も売っていた)、ホテルの支配人、モルモン神殿の法定建築家、不動産仲介業者、土建業者、蒸気船のオーナー、市会が定めた土地取引の登記係、モルモン教会の財産・財務の責任者であった。これはジョセフが事実上、教会と世俗の両方にわたる、すべての財産、財務の実権を握っていたということを意味する。

 さらに一八四二年五月、ベネット追放の後、ジョセフはノーヴー市の市長に就任し、市会議員と裁判所長官をかね、また同時にノーヴー軍の最高指揮官であった。ということはジョセフは、立法、司法、行政、軍隊のすべての実権を把握したということを意味する。またジョセフはノーヴー市を、州の中の独立州とみなすようになる。一八四三年二月二五日、市議会においてこのように語る「・・イリノイ州が連邦政府にたいしてもつ関係こそ、ノーヴー市がイリノイ州にたいしてもつ関係である・・われわれがイリノイ州の法に黙って支配されるほどわれわれは愚かであろうか。それは憲法違反なのである」。こうした考えを背景に、市長ジョセフは市議会に、州法、連邦憲法、あるいはコモン・ローにも違反する一つの条令を可決させる。それは、かりにミズーリー州がジョセフを逮捕し、有罪とし、終身刑に定めたとしても、もしもノーヴー市長(ジョセフ自身がそれである)が同意すれば、イリノイ州知事が彼を免罪できる、とするものである。

 ジョセフが市議会に可決させたもう一つの条令は、市会議員、裁判官、あるいは誰であれ、ノーヴー市で逮捕状を発行する場合は、最初に市長の許可とサインをもらわねばならないとするものである。これらの条令がモルモンの新聞に掲載されるや、寛容な周辺の住民も、これは法を侮辱するものであると考えた。

 これでも満足しなかったのか、ジョセフは一八四三年一二月、連邦議会に嘆願書を認めた。その内容は、ノーヴー市を連邦政府が直轄する完全自治区にする、そしてノーヴー軍を合衆国連邦軍の一部として加える、またノーヴー市長にたいして、いついかなる時でも合衆国連邦軍を徴集する権利を与えるというもので、モルモン教のミニ国家化、ジョセフのミニ大統領化を暗に意味するものであった。この嘆願書は、もちろん連邦議会で否決されたが、この嘆願書を契機としてイリノイ州のわずかなモルモン理解者をも失うことになったのも不思議ではない。 

 妄想(パラノイア)が再びジョセフを襲う。この嘆願書の一件で連邦議会にたいするジョセフの信頼が崩れるのである。ジョセフにとって連邦政府(合衆国)は、信頼に値しないもの、神の預言者を保護しない呪われるべきものである。そして嘆願をきき入れなかった連邦議会にたいする裁きを口にする。「・・私は、主イエス・キリストの名によって預言する、もし連邦議会がわれわれの嘆願をきき入れず、われわれを保護しないなら、神は彼らを呪い、連邦政府は破滅し、後には何一つ残らないであろう」(45)

(45)Millennial Star, Vol. XXII (1860), p. 455 後日、この部分が公的記録から抹消された。


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