高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史 - 5 ノーヴー時代

合衆国への嘆願


 モルモン戦争の敗北後、モルモン教徒はミズーリー州外に追放されたが、ジョセフ・スミスは、ミズーリー州で獲得した土地は自分たちのものであると主張していた。しかしジョセフはミズーリー州の保安官による戦争裁判のための逮捕を恐れ、逃走し続けるのである。ジョセフは戦争の敗北が意味するところを理解していたとは思えない。ジョセフは神がモルモン教徒にインディペンデンス(ミズーリー州)を与えたのだという思い込み、あるいは一種の妄想(パラノイア)にとりつかれ、ミズーリー州知事ボッグズの追放令をモルモン教徒にたいする迫害と受けとるのである。したがってジョセフ・スミスは、機会あるごとに連邦政府や合衆国大統領にたいし、ミズーリー州で失った土地や財産の補償を要求していた。

 合衆国政府やイリノイ州知事とモルモン教の関係は、利害が相半ばする関係である。モルモン戦争後、ジョセフは合衆国大統領ヴァン・ブューレンに会い、モルモン教徒がミズーリー州で失った損害の回復を求めたことがある。しかし結局、大統領からは何の約束も引きだせなかったので、ジョセフは大統領にたいする失望と同時に、州権(この場合は、ミズーリー州の権利)の方が連邦政府の権利より強力であることを学んだのである。ジョセフの理解によれば、モルモン教徒の町ノーヴーがイリノイ州から獲得した「特許状」は、ノーヴーに自治を可能にするものである。この考え方は州権の拡大解釈と考えられる。つまり連邦政府の権利より州権が優先されるように、州権より市(や団体、さらには個人)の権利のほうが優先される、という考え方である。

 ミズーリー州の保安官によるジョセフ逮捕の一幕は、ジョセフの恐怖心を一気に高めることとなった。このような焦燥と恐怖心の中から、モルモンの指導者は斬新な解決策を考案したのである。それはイリノイ州のただなかにあるノーヴー市を、軍隊で護られ、自治を目指す、連邦政府直轄の独立区にするという提案である。それが連邦議会に提出された嘆願書である。つまりジョセフは連邦議会に、ノーヴー市を連邦政府が直轄する完全自治区に指定し、モルモン教徒を護るよう嘆願したのである(後述)。ジョセフは連邦議会にたいしてまだ期待をもち、何よりも外部から干渉されないモルモン教徒の自由な活動が可能な空間を渇望していたのである。しかしこうした極端で勝手な嘆願が議会を通るはずがなく、ジョセフは再び失望を味わうのである。そして人々からの非難や批判が高まるにつれ、彼らはモルモン教徒として生きるか、あるいはアメリカ人として生きるか、二者択一を迫られるのである。こうしてモルモンの指導者たちは、アメリカ社会に背を向け、モルモン教徒のための独立国家(神の国)建設という夢を抱き、その実現に向けて走りだすのである。


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