高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史 - 5 ノーヴー時代

「人身保護令状」とノーヴー軍


 特許状で特に問題となったのは、「人身保護令状」である。特許状は市の裁判所にたいして、市の条令に係わるあらゆる事件について、人身保護令状を発行することを許可していた。人身保護令状とは、人身保護の目的で、拘禁が合法か非合法かを調べるために被拘禁者を出廷させる令状である。したがってこの令状があれば、どんな法律のもとで逮捕された人物(特にジョセフ・スミスに対して適用された)でも、人身保護という名目で釈放することが可能だったのである。人身保護令状は、モルモン教徒が外部の法律によって逮捕されても、合法的に彼を自由にできるという、いわばノーヴー市の治外法権を象徴するものとなった。

 ジョセフ・スミスの場合、ミズーリー州からは、モルモン戦争の戦争責任にかかわる裁判の逮捕状、その後、ミズーリー州知事リルバーン・ボッグズ暗殺未遂に関する逮捕状などが出されており、いつ逮捕されても不思議ではない状況であった(逮捕のかげに脅えていたジョセフが、特許状にこだわったのはそういう理由からである)。実際、何度か逮捕・監禁されたが、そのたびにノーヴー市の裁判所が人身保護令状を発令し、スミスを自由の身にしたのである。たとえば一八四三年六月二三日、ジョセフがボディー・ガードなしでディクソンに親戚を訪ねた帰途、まちかまえていたミズーリー州の保安官に逮捕された。逮捕の罪状は四年前のモルモン戦争を引き起こした「反逆罪」であった。この時、イリノイ州のホイッグ党々首サイラス・ウオーカーがこの事件に首をつっこまなければ、ジョセフはそのままミズーリー州に連行され、裁判にかけられていたはずである。モルモン教側の記録によれば、この時ウオーカーは、この事件解決の見返りとして現金一万ドルと選挙での投票を要求したという。ウオーカーの裏工作により、ミズーリー州の保安官が逆にディクソンの保安官によって逮捕され、ジョセフは直ちに釈放された。ノーヴーのモルモン教徒たちは、ジョセフの帰還を凱旋将軍のように迎えたそうである。またこの時のジョセフの喜びは、自分のために奔走してくれた五〇名の信徒のために大宴会を催したという事実に表れている。ジョセフはその一週間後、七月一日、人身保護令状により晴れて自由の身となった。

 こうして人身保護令状は、モルモン教徒と周りの郡や州の人々との間に、深刻な摩擦をひきおこすこととなる。なぜなら、モルモン教徒がたとえ殺人や窃盗の罪を犯しても、逮捕することができなかったからである。事実、モルモン教徒は政教一致体制下でさまざまな犯罪に手を染めるのである。モルモン教徒の数が増えるにつれ、周りの土地が彼らによって買収された。そしてモルモン教徒の土地が広がるにつれ、境界線も広げられることとなり、モルモン教会の治外法権の範囲もなし崩し的に拡大していったのである。カセージに住むある医師は、このように嘆いていた。 

  「モルモン教徒がしでかした犯罪を、一々あげつらうことなど出来やしません。彼らは我々のなかの最も立派な人間をたくさん殺害し・・牛からおしめまで、彼らが盗まなかったものなどありはしません・・法律の手が彼らには届かないのです・・われわれの生命と財産が、最悪の無法者集団の手中にあり、彼らの気まぐれ次第でどうにでもなるのですから・・あとは戦争しかありませんよ・・」(41)

ジョセフとハイラム・スミスが、一八四四年にカセージ刑務所で殺害された背景には、犯罪に手を染めても罰はおろか逮捕・拘禁からもいともやすやすと逃げのびるモルモン教徒にたいする、地域住民の恐怖と憎悪があったのである。

 特許状二五条によれば、ノーヴー市は、イリノイ市民軍の一部としての「ノーヴー軍」を組織することが許可されていた。軍法会議は、委託をうけた士官と軍法を制定する立法省から構成され、軍法を遂行する権威と権限をもっていた。軍法会議は、合衆国憲法およびイリノイ州法と矛盾・抵触するいかなる法律も制定してはならず、士官はイリノイ州知事から任命されねばならない、とうたわれている。

 ノーヴー軍は、イリノイ市民軍の一部であり、知事を最高指揮官とする防衛軍として規定されていた。この規定に反しないかぎり、自由に軍法を制定し、軍法に従って独自の行動をとることが認められていたのである。モルモン教徒により構成されたノーヴー軍は、同時に警察力であるが、軍隊の指揮官であるノーヴー市長が州法を勝手に解釈したことも、モルモン教に対する地域住民の恐怖心と憎悪を深めた。

(41)Robert B. Flanders, Nauvoo, Kingdom on Mississippi (Chicago, Univ. of Illinois Press, 1975)   


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