高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史 - 5 ノーヴー時代

モルモン教と都市政治


 一八四一年二月一日、イリノイ州から特許状が与えられたその日にノーヴーでは選挙が行われた。これはイリノイ州にきてからの最初の選挙であった。この選挙で、市長にはベネット、四名の上級議員には、ステーキ部長(37)のウィリアム・マークス、監督ニューエル・ホイットニー、ジョセフの弟サミュエル・スミス、そしてその土地の農夫ダニエル・ウェルズが選ばれた。また九名の下級議員には、大管長会の四人(スミス、リグダン、ハイラム・スミス、ウィリアム・ロウ)のほか、市長ベネット、チャールズ・リッチ、ウィルソン・ロウ、ジョセフの弟ドン・カルロス・スミス、監督ヴィンソン・ナイトが選出された。この選挙では、指導者が候補者名簿を作成し、対立候補を出さなかった。つまり新しい議員は全員ジョセフ・スミスの入念な計画のもとに選出されたのであり、宗教主導の政教一致型政治が始めから意図されていたことは明らかである。

 翌三月、市政府に新しく「市(税)の徴収人」「計量係」「市場のマスター」の他、評価係や道路監督、四名の治安官を加え、ノーヴー市の秩序を保つ工夫がなされた。たとえば騒動を起こした者、治安を乱した者、公的集会を妨害した者、議員や公僕への不服従、法の無視は、最高五〇〇ドル(ほぼ二、三年分の収入にあたる)の罰金を課すことが定められた。つねに内紛と分裂の危機にたたされていたモルモン教は、内部からの反乱と崩壊を極度に警戒し、きびしい規律と統制で信徒を律し、神の国建設を急いだ。こうしたきびしい規律のもとで、信徒たちは指導者の言葉を素朴に信じ、黙々と熱心に働き、このようにしてノーヴー市は急速な発展をとげるのである。にもかかわらず外部との軋轢と内部紛争のため、結局、イリノイ州における神の国建設の試みは完成することなく、ジョセフの死を契機として崩壊の途をたどるのである。

(37)中央組織とは別に地方組織として、各地にはワード(教会に匹敵)があり、そこに監督(教会の牧師に匹敵)がいる。ステーキとはいくつかのワードをまとめている単位。ステーキにはステーキ部長がいて全体を指導している。


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