高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史 - 4 ミズーリー時代

ミズーリー時代のモルモン教の特長


 ミズーリー時代は、モルモン教が大きく変質し、変貌をとげた時代である。したがってその後のモルモン教を方向づける決定的時期であったと考えてよい。この時期のモルモン教の特長は、絶対的指導体制の確立、政治的独立の試み、暴力の是認である。こうした背景にはモルモン教の選民意識と、それと深くかかわる独善的世界観がある。

<絶対的指導体制の確立>

 モルモン教会は、指導者にたいする絶対的服従を信徒にもとめた。服従は生活のあらゆる面にわたっていた。また信徒は、ある行為の善悪・正邪の判断をしてはならない、ただ指導者の指示にしたがって行動すればよい、ある行為が正しいかどうかは神ご自身が判断するからである、と指導された(32)。絶対的指導体制の背後には、ダナイト団や軍隊が存在していたことを忘れてはならない。モルモン軍もダナイト団も、指導者にたいしては絶対的な服従を誓う腹心の部下によって構成されていた。こういう一種の警察力を背景に、指導者と意見を異にする者はたとえ有力者でも「反対者」「異分子」として追放されたのである。こうして分裂の根を断ち切り、一枚岩的な絶対的指導体制を確立したのである。ダナイト団の副官、ジョン・コリルはつぎのように証言している。

 「・・この一派のリーダーたちが〔モルモン教の内部に〕君主制政府の設立を画策し、大管長会がすべてのことに君臨し、権力を欲しいままにしようとしていることが、私には手に取るように分かるのである。事実、過激な暴虐や抑圧があるため、ここ数週間、多くの者があえて自分の意見を語ろうとはせず、自分の考えが人に知られることを恐れているのである。また最近分かったことだが、君主制の・・体制が作られ・・リーダーたちに採用されたそうである。しかしこのことを知っている者は誰もいないと思う。というのも、このことについては(ダナイト団の隊長)サンプソン・アヴォードから聞かされるまでは(それとても彼が逮捕された後のことだが)、誰からも何一つ聞いたことがなかったからである。
 ある者らはこう語っている。もし大管長が神の御旨であるといえば、誰であれ殺害するであろう。なぜなら教会を腐敗や崩壊から防ぐには、時にはこうしたことが必要だからである、と・・」(33)

<政治的独立の試み>

 ミズーリー州でモルモンの指導者が実現を夢見ていたことは、神権政治の確立であった。つまり神の法を確立し、モルモンの指導者が支配する政治的な独立国家の設立である。おそらく指導者は、ミズーリー州に入植した段階ですでに独立国家を目指していたと思われる。絶対的指導体制の確立や暴力の是認は、こうした意識の現れとみてよいのではないか。彼らは終末が近いことを確信し〔モルモン教は「末日聖徒イエス・キリスト教会」と称することからもわかるように、ものみの塔と同様、その成立の背景には強烈な終末信仰がある〕、新しいエルサレム、神の国建設に励んだ。モルモン教徒は住民との友好的関係には興味をもたず、多勢にものをいわせて地域の政治を左右し、さらにその地域の政治・経済やその他の分野で指導権・決定権を掌握し、彼らの夢の実現を計った。モルモンの指導者が地域住民や州当局に耳をかさず、対立的姿勢をとり続けたのは、彼らが神の選民であり、また神の法に従っており、それより劣るこの世の法や秩序には従う必要はないという、独善的考えに陥っていたからである。

<暴力の是認>

 モルモン教はこの頃、暴力是認の色彩を濃くする。ジョセフの考えでは目的は手段を正当化する。つまり神のためなら何をしてもよいという考えである。神のためとは、すなわち神の選民たるモルモン教徒のためである。当時の資料をみるかぎり、モルモンの指導者は、異教徒(地域住民)からの搾取を当然と考えていたようである。異教徒は霊的に劣っており、やがて神の裁きをうけ滅びる存在である。そうであれば、神の国建設のために滅びる者の財貨を利用することは何ら悪いことであるばかりでなく、むしろ推奨されるべきことである。このように指導者は考え、それがそのまま実行に移されたのである。紛争の後、議会上院での聴聞会でモルモンの指導者の一人ジョージ・ヒンクルが証言にたち、つぎのように語っている。

 「・・私は〔ジョセフ〕スミスに言った。モルモン軍による家々の焼きうちや物品の略奪は、われわれを滅ぼすことになろう。またこのようなことは必ず世間に知られ、いずれ州軍が出動するだろう、そうなれば我々の家屋は捜査をうけ、盗品は発見されるであろう、と。
スミスはひどく横暴な態度で、私に『黙れ!』と言った・・私は非常に落胆した・・スミスは私にそれ以上は何も言わせなかった。・・
 おびただしい略奪品が野営地に運ばれてくるのを見た。これら略奪された物品はここダイアマンの監督の管理下にあることがわかった・・。
 つい最近までは、モルモン教の教えが過激であるとは思わなかった。しかし最近ではすっかり様変わりしてしまった。今では指導者はこのように教えている。必要とあらば力に訴えても新しい王国をうちたてる時がきた。異教徒の財貨が、真のイスラエル〔モルモン教徒のこと。著者〕のために捧げられるべき時がきたのだ、と」。(34)

 絶対的服従を誓い、命ずることは命懸けで遂行する秘密結社を、一握りの指導者が教会内部に作ったということは、彼らが目指す独立国家が警察国家であったことを意味している。その後「ダナイト団」は外面的には解体するが、つぎのノーヴー時代には、より強力な「カウンシル・オブ・フィフティ」とよばれる、ジョセフ・スミスのシャドウ・キャビネットとして、ダナイト団の中心メンバーを吸収するかたちで復活し、ユタ移民後もそのまま存続する。モルモン教の名とともに恐れられたダナイト団は、ユタ州で再び復活し、モルモン王国の秘密警察として活躍するのである。そして警察国家という考えは、その後も長く指導者の心のなかに生き続けるのである。

(32)Reed Peck, op. cit., p. 9
(33)John Corrill, op. cit., p. 32
(34)Affidavit of George Hinkle, Senate Document 189, pp. 21 - 25


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