高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史 - 3 カートランド時代

初期の教会の特長


 ジョセフの教会の特長は、すべての信徒にたいし役職と責任を与えることにより、宗教共同体に積極的に参加させたことである。つまりすべての男性に長老、執事、祭司、教師、監督、大祭司などの役割を与え、教会へ寄与することを求めた。また一般信徒を宣教師として派遣することも、それまでの伝統的教会とは大きく異なる点である。これは信徒の参加を組織化したという点で、「ものみの塔」とともに、万人祭司の再現であり、同時にアメリカ型デモクラシーの変形であったとも考えられる。アメリカという風土のなかで発展を遂げたメソジストやバプティスト派も、専門的な神学教育をうけたことのない一般信徒を牧師や指導者として任命していくという方法をとった点で、すなわちプロを敬遠し信徒を積極的に起用していった点で、アメリカ的教派とみられている。しかしモルモン教は、それをさらに徹底させた宗教運動といえよう。

 伝統的教会における信徒像が、ひたすら受け身的であるヨーロッパ型をモデルとしていたとすれば、西部開拓のなかで生まれたモルモン教における信徒は、新しいタイプの信徒であった。自由と平等を根底に置きつつ、それに競争原理と実力主義を採用していたという点でじつにアメリカ的であり、新しい宗教形態であったといえよう。とはいうものの、一部の指導者が教会のすべての富と権力を独占していくモルモン教の歴史は、平等思想やデモクラシーの理念に反する歴史であるが、しかしまた権力志向とマモン(金と富)崇拝にとりつかれ、ともかくそれを実現させていった指導者の歩みは、ジャクソニアン・デモクラシーを体現するまぎれもない成功の物語であり、別の意味で、きわめてアメリカ的な宗教である。

 またリーダーシップについては、アーロン神権に続いてメルケゼデク神権というアイディアを「フリーメーソン」から導入し、上位のリーダーシップとして位置づけた。神権(priesthood)とは、教会政治への参政権であり、同時に、人間が神にまでいたる秘密の道であり、モルモン教神学においては重要な概念である。またモルモン教会のために活躍する人物にたいしては、その能力や熱意におうじて、大祭司職に就任させたり、使徒の称号を与え、ジョセフに忠実な者を積極的に上位の指導者として登用するという方法を用いた。しかしモルモン教の歴史は、西部開拓時代の一開拓の歴史であり、その歴史の舞台は目まぐるしく変化した。またそれぞれの舞台に登場する指導者の顔ぶれもつぎつぎと変わり、朝に華々しく登場した人物が、夕には失脚し更迭されるというような目まぐるしい歴史だったのである。

 ジョセフの「エノク共同体」がどのように運営されたかについては今日でも不明のままである。ただジョセフは「エノク共同体」のアイディアを最初からカウドリのコロニーで実験することをさけ、ニューエル・ナイトの指導の下にカートランドに近いトンプソンという場所で、彼と一緒にニューヨークからきた信徒の間で実験した。ジョセフは再び啓示により、カートランドの信徒にたいし土地を安く提供するよう求め、エズラ・テイヤーとレーマン・コプレイが一〇〇〇エーカーの土地を半値で提供してくれることになり、直ちに実験が開始された。しかしその後テイヤーとコプレイは前言を撤回し、ニューヨークからのモルモン教徒を追放する訴えをオハイオ州の裁判所にたいして起こしたため、建設途上の共同体は深刻な財政的危機にみまわれ、ジョセフはその後四年にわたって訴訟と貧困に苦しむことになった。ともかく、ジョセフは直面する危機をどう乗りきるべきか苦慮するのである。


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