高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史 - 2 ジョセフ・スミスの魔術時代

『エノク書』とシドニー・リグダン


 ジョセフが教会を設立して間もなく、キャンベル派(ディサイプルズ・オブ・クライスト派)の伝道師であったパーリー・プラット(Parley Pratt)という人物がモルモン教に改宗した。そしてプラットは、自分をキャンベル派に改宗させた説教者シドニー・リグダン(Sidney Rigdon) を、逆にモルモン教へと改宗させた。リグダンはキャンベル派を興したアレグザンダー・キャンベルの親しい同志であり、オハイオ州北部では名説教者、成功せる大衆伝道師として知られていた。当時リグダンとキャンベルは、原始キリスト教の財産共同体を再建すべきかどうかという問をめぐって意見があわず、リグダンはキャンベル派から身をひき、クリーヴランドに隣接するカートランドに財産共同体のコロニーを作っていた。弁舌爽やかではあるが、やや単細胞で狂信的リグダンが『エノク書』を読んだ後、直ちにこれに共鳴し、モルモン教に身を投じたのである。リグダンと共に彼のコロニーがこぞってモルモン教に改宗したが、この中には金持ちの資産家もいた。

 その数カ月前、ジョセフは聖書には紛失された部分があると考え、『聖ヨハネの書』とか『神とモーセの対話』、『エノク書』の創作に着手していた。エノクは旧約聖書の中でただ一人死を知らず、神により直接天に召された神話的人物である。『エノク書』は、当時のアメリカに広く信じられていた千年王国がテーマである。神がこの終わりの時代に、神に立てられた人々を集め新しいエルサレム、シオンの国を建設されるというのである。リグダンはニューヨークに赴きジョセフと会い、カートランドへ来るよう熱心に申し出た。この申し出はいわばジョセフには渡りに船で、地元での不評にくわえ、さまざまな不幸が重なり行き詰まりを感じていたからである。教会内部での議論のすえ、ジョセフは教会を移すことを決意する。信徒たちを説得するために神からの啓示を語ることは、その後のジョセフの常套手段となる。ジョセフが殆ど無一文だったにもかかわらず、不動産を所有する信徒にたいしは、不動産を処分するか貸すよう勧めたのであるが、「この啓示はジョセフ自身のための啓示ではないのか」と冷やかな批判をする信徒もいた。一八三一年一月、約六〇名の信徒と共にオハイオ州カートランドに移ったが、そこに直ちに、約一五〇名からなる新しい教会が始まるのである。

 リグダンは教育と経験においてジョセフを凌いでいた。リグダンの教養の前ではジョセフは単なる無知な田舎者にすぎなかった。またリグダンはその時三七歳であったが、ジョセフは弱冠二五歳であった。このため、ジョセフはリグダンにたいし細心の配慮をはらった。リグダンがジョセフの顧問、もっとも親しい友人となるのは時間の問題であった。こうしてリグダンは、モルモン教に入信してから、ジョセフにつぐ有力な指導者としてその頭角をあらわす人物となるのである。


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