高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史 - 2 ジョセフ・スミスの魔術時代

『素顔のモルモン教』


 一八三三年、ハールバット(P. Hurlbut)という人物が、初期のジョセフ・スミスを知るハーモニーとかパルマイラに住む友人や近所の人たち一〇〇人余りからの宣誓供述を集めた。これがその翌年、エバー・ハウ( Eber D. Howe) の『素顔のモルモン教』に収められ、オハイオ州で出版された(8)。先に引用したピーター・インガソルの話や、ジョセフやジョセフの父とともに財宝の発掘に直接あるいは間接にかかわった人々の話、ジョセフの妻エマの父アイザック・ヘイル氏の話、マーティン・ハリスの妻の話などが載っている。これらの証言をジグソー・パズルのようにつなぎ合わせると、ジョセフがどのような経緯で『モルモン経』の話を思いついたか、どのように家族を信じこませたか、ジョセフの家族がいかに信じこみやすい人たちであったか、また人々がジョセフをどのようにみていたのかも理解できるのである。すなわち、ジョセフは空想・夢想の世界に生きており、その仮象の世界を自らなかば信じ、なかば非現実だと意識しており、ある人にたいしては夢をそのまま信じさせようとし、別の人にたいしては、あれはただのでたらめな作り話にすぎないと告白するのである。

 しかしジョセフが周りの人々にたいし、こうした一貫性のない態度で接した結果、ある者はジョセフの話を頭から信じる一方、ある人々はジョセフの行為を悪質な悪戯、あるいは一種の詐欺とみなすのである。というのも、ジョセフがそれを金儲けの手段として利用するからである。そしてジョセフの悪戯・ビジネスによって、被害や損害を被った人の数は少なくなかったようである。このためジョセフは自分の町では信者をほとんど得ることができなかった。

 『素顔のモルモン教』は最初の反モルモン文書である。モルモン教会はこれを信頼に値しない中傷文書とみなしているが、実際、ジョセフが詐欺および人々の生活を乱す騒乱罪で起訴され有罪となった事実と、『素顔のモルモン教』のなかで証言されていることとが大きく矛盾しないことから、研究者はこれを無視できない証言と考えている。

(8)Howe, op. cit.,


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