高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史 - 2 ジョセフ・スミスの魔術時代

『モルモン経』と金版の物語


 ジョセフの金版の物語は、上記の文脈で理解されるべき物語である。『モルモン経』が完成したとき、一体なぜそのようなものがこの世に存在するのか、またなぜジョセフがそれを所有しているのか、理由づける必要があった。こうした背景のなかで、ジョセフが光り輝く人物に出会ったのだという「最初のヴィジョン」の物語と、その人物に導かれて金版を入手したのだという物語が空想され、語られ始めたのである。ジョセフが最初のヴィジョンの物語を『モルモン経』の完成に前後して語ったのはそういう理由からである。

 金版の物語には、少々手のこんだ細工がしてある。第一に、いわゆる「翻訳」の過程があり、その後で経典が完成したと物語が伝えている。そればかりでなく、この金版の物語には三人の証人と、後に八人の証人が加わるという念の入れようである。八人の証人については単なる付録とみてよい。三人の証人は、ヴィジョンの中で天使の手にある金版を見たということで証人として名を連ねているのである。この三人は今日でもモルモン教会が発行するパンフレットの中に、ジョセフ・スミスの金版の証人として写真入りで掲載されており、ソルト・レーク・シティにあるモルモン教本部西側のテンプル・スクエアーには立派なモニュメントが建っている。ともかくこれらの証人たちはモルモン教の物語の中では立派な紳士として描かれている。

 さて金版の証人の一人オリヴァー・カウドリ(Oliver Cowdery)は、ジョセフの翻訳の際、秘書として経典の記述にあたった男の一人であるが、そのカウドリの興味深い証言がある。翻訳作業は普段、厚いカーテンに仕切られたこちら側に秘書、向こう側にジョセフがいて、カーテン越しに訳文が読まれ、秘書がそれを記述しそれを読み返す、それをジョセフが確認する、あるいは訂正するというプロセスで進められたという。しかしカウドリと一緒にいるときは、ジョセフは気を許してかカーテンを開け放ち、眼の前には金版はおろか何一つないのに、気のむくまま口述するジョセフの姿を見た、と証言している。ジョセフは説話が伝えるような、古代エジプト文字を翻訳していたのではない。ジョセフはギリシャ語やエジプトの象形文字にたいする素養はまったくなかった。カウドリが見たようにジョセフは、別名「ウリムとトンミム」ともよばれていた「すべてを見通す石」を覗きこみながら、ときはは魔術も駆使しつつ、あるいは空想を逞しくしつつ『モルモン経』の創作活動をしていたのである。

 オリヴァー・カウドリは、初期のモルモン教の発展に大きな役割をはたした人物であるが、後年、少女を誘惑したジョセフを責めたため、ジョセフによって教会から追放されたのである〔今日、モルモン教会は、カウドリはその後教会に復帰したと主張しているが、どちらにしろそれ自体大きな意味をもつことではない〕。カウドリも含め、マーティン・ハリス (Martin Harris)、デイヴィッド・ホイットメアー (David Whitmer)の三証人は、後日モルモン教を去っており、実際には金版を見たことがないと語った。ハリスはシェーカーズという新宗教に移り、そのままそこから離れなかった。

 ホイットメアーについては、後年、彼がモルモン教を離れるにいたった経緯と、神の教えから逸脱し、悪の道に走ったモルモンの指導者たちの誤りを訴える本を著した(7)。ちなみにホイットメアーのこの小冊子は、後日、モルモン教に疑問を抱く人々にたいし、初期のモルモン教理解のための助けを与えることになる。ともかく、こうして金版の証人たちは、その中のジョセフの血縁(三人)以外は、すべてモルモン教会を去ったという事実が、この証人という仕掛けの失敗を物語っている。

 さて『モルモン経』は出来上がった。このことは事実である。『モルモン経』が欽定訳聖書以外にも当時のさまざまな書物や考え方から影響を受けつつ、それらを折衷したものであることは確かである。今日、『モルモン経』の本当の著者は誰かとか、どの書物を底本として書かれたかなどの研究がなされているが、ここではこの問題にはふれない。ともかく『モルモン経』はジョセフ・スミスが創作したもので(初版の『モルモン経』の扉には、著者ジョセフ・スミスと印刷されている。二刷からは、翻訳者ジョセフ・スミスと変更された)、当時の宗教上の問題にこたえるために執筆された折衷文学であるというのが真実のようである。

 『モルモン経』を一つのステップとして、一八三〇年、ジョセフはニューヨーク州フェイアットにて数人のメンバーで教会を設立する。教会の名前はただの「キリストの教会」( The Church of Christ )であった。その後メンバーは増えていくが加わったのはよそ者が多かった。というのは地元でのジョセフの評判は、はなはだ芳しくなかったからである。財宝占いの魔術師ジョセフというイメージがほぼ定着し、新しい教会を作ったのがジョセフと知って妨害を始める者もいたほどである。

(7)David Whitmer, An Address to All Believers in Christ,(Richmond, Missouri, 1887)


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