高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


U モルモン教の歴史 − 歴史学にもとづくモルモン教の歴史
2 ジョセフ・スミスの魔術時代


 モルモン教の物語は、ヴァーモント、マサチュセッツ、ニューヨーク、ペンシルヴァニアなどのアメリカ東部から始まる。時代は、十八世紀が終わり十九世紀が始まる頃、すなわちアメリカがイギリス支配からの独立をかちとってからさほど時間が経過していない頃の物語である。アメリカ東部といえば、十七世紀には、ハーヴァード大学、ウィリアム・アンド・メアリー大学、十八世紀に入ると、イエール、プリンストン、コロンビアぺンシルヴァニア、ブラウン、ラトガース、ダートマスといった大学がつぎつぎと設立され、社会の指導者、とくに教会の指導者養成がすでに始められており、知的で文化的かおりの漂う明るいイメージを抱きがちである。しかし教育が地方にまで普及しつつあった反面、迷信と魔術も同居していたことを指摘しておかなくてはならない。とくに農村社会や開拓前線では、てんかんやヒステリーといった状態は悪霊の仕業と考えられ、信仰治癒の方法として悪魔払いがなされていた。ジョセフの住んでいたハューヨークでは、地中にはインディアンの財宝やスペイン人が埋めた財貨が眠っているという伝説が信じられ、定職のない人のみならず貧困にあえぐ農民たちも、暇をみつけては方々の地面を掘り返していた。また、地中の金銀財宝のありかを予言する占い師が活躍し、降霊術、水晶球による占い、ダウリングなどのさまざまな魔術が用いられていた。

 スミス一家は、一八一七年、ニューヨーク州パルマイラの南二マイルの地に、開墾していない土地を一〇〇エーカー買い求め、そこに丸太小屋をたて開墾を始めている。男三人、牛二頭の力をあわせても、一〇エーカーを開墾し種をまくのにまるまる五週間かかったという。こうして作った小麦も、脱穀技術や流通システムが発達していなかった当時、小麦一ブッシェルあたり二五セントで買いたたかれる年もあり、一エーカー当たり三、四〇ブッシェルしか生産できなかったことを考えれば、たとえ一〇〇エーカーの土地があっても、収入が安定するのはずっと先のことで、家族を支えるのは大変だったはずである。不作の年があればなおのこと、赤貧洗うがごとしであったという。実際、パルマイラでも生活がなりゆかず借金がかさみ、せっかく開墾した土地を手放す開拓者が後をたたなかった。こうした厳しい生活から抜けだし、もっとましな生活や成功を夢みていたのはジョセフ一人ではなかったはずである。また当時、財宝が地中に隠されているという噂があり、魔術を用いて財宝を捜しだすことが流行していた。ジョセフの家族は、魔術的世界にどっぷりつかっていた人々で、幼いジョセフがそれに影響されない筈はなかったであろう。

 モルモン教は、ジョセフ・スミス (Joseph Smith) という一人の青年によって始められる宗教である。少年期から青年期にかけてのジョセフ、すなわちモルモン教会設立以前のジョセフは、母ルーシーの日記によれば、西部人特有のホラ話しが上手で、ジョセフが話すことは何でも本当のことのように聞こえたという。降霊術(黒魔術)にこり、暇があれば地中の財宝探しに精をだしている人物、というのがその町の評判であった。ジョセフは井戸掘りの手伝いをしていたとき、偶然、珍しい半透明の石を見つける。ジョセフはこれを「何でも見通す石」( seer stone) とよび、この石を使えば地中の財宝を発見できると吹聴し、農業のかたわら父ジョセフ、兄ハイラムとともに、魔術を用いて地中の財宝占いを商売とする一団に属していた。また実際、ジョセフは人々に雇われ、月々十七ドルほど稼いでいたという。

 ジョセフに関するもっとも古い文書は、一八二六年三月、ジョセフが二〇歳のとき、ニューヨーク州ベインブリッジで裁判にかけられ、「詐欺および人々の平和な生活を乱す騒乱」のかどで有罪になった記録である。ジョセフ自身、魔術を用いて地中の金を探していたことを認めたことも同文書に記録されている。魔術師として人々に雇われたジョセフが、 地中の鉱脈や金銀が眠る場所を数週間かかっても見つけられなかったために、ペテンを語る者として訴えられたのであった(1)。

 この時代のジョセフ・スミスをひと言で特長づけるとすれば、それは魔術である。すなわち、ジョセフはさまざまな魔術、降霊術、占い、ダウリング、オカルトに凝り、魔術を生活の一手段としていた。そればかりでなく、ジョセフの生きていた世界が魔術的世界、すなわち空想と現実、仮象の世界と現実の世界とが渾然一体となっている世界であった。夢の中の出来事が現実的な意味をもち、闇には悪魔が徘徊し、人々の病気は悪霊のせいである、人々は奇跡を信じ、おおいなる業を切望する、そういう世界のことである。ジョセフの成長にともない、モルモン教そのものも「魔術」的世界から発展・変貌をとげていくことになるが、空想と現実とを混同するジョセフの考え方はついぞ変わることなく、ジョセフは死ぬまで夢想の世界に生きていたのである(2)。

(1)Wesley P. Walters, Josepf Smith's BainBridge, N.Y., Court Trials( The Westminster Theological Journal, Vol. 36, No. 2, Winter 1974 ) (2)Fawn M. Brodie, No Man Knows My History,(New York, Alfred A. Knopf, 1991)pp. 411 - 13


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