高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


T 素顔のモルモン教 − 
8 今日の反動的政策とモルモンの知識人


 こうした秘密主義の矛盾が大きく表面化した例が、ブリガム・ヤング大学である。ブリガム・ヤング大学(略してBYU)はモルモン教の大学である。そのためモルモン教会はその経営と人事にかんして強い発言権をもつ。モルモン教会は理事会をとおしてBYUの学長や学部長を任命することで、教会の方針の徹底化を図っているばかりでなく、BYUのスタッフにかんしても、研究テーマや論文、出版物を検閲し、助成金や昇進についても左右している。これはある意味で信徒の思想調査である。

 検閲や思想調査をする理由は、秘密主義を徹底するためである。モルモン教会は、たとえそれが学術的な研究であっても、信仰の役にたたないものは無益であるという立場を打ちだしている。このためモルモン教の歴史や、歴史的資料・文書などの研究をする者は、要注意人物となる。しかもたまたま研究結果がモルモン教会のイメージを損なうものであったり、モルモン教会幹部の考えと異なる場合は問題とされ、いろいろな警告がだされる。この警告を無視すると、どんなに優れた研究者であってもBYUを解任される。

 たとえば、ごく最近、『モルモン経』は文字通り解釈されるべきではないとする新しい歴史解釈を提唱する『モルモン経への新しいアプローチ』を編集したブレント・メットキャフ氏と、メットキャフ氏の歴史解釈を支持するブランダイズ大学教授デイヴィッド・ライト氏が破門のうきめにあった。あるいはまた、BYUの有能な若手歴史家、マイケル・クイン氏が、過去の指導者の多妻婚にかんする研究を公にしたため、終身在職権を得ていたにもかかわらず教授の地位を解雇された。(「モルモン内部の歴史論争」参照)。

 またアリゾナ・リパブリック紙(一九九四年五月二二日)に、CIAの研究員でモルモン教徒のマイケル・ベレット氏が、モルモン教会から破門された経緯を語っている。破門された理由は教会当局への不従順である。教会当局によれば、研究者であっても過去の指導者の言葉を公にする権利はない。モルモン教会の教理や歴史は、率直かつオープンに語るべきものではなく、秘密にし、場合によっては否定すべきものである。こういう主張にたいしベレット氏が試みたのは、率直さこそ最良の方策であるという反論である。しかし教会当局は、ボイド・パッカーやダリン・オークス等の指導者によりすでに結論が下されている、すなわち、ある事実や教理は困惑するものであり、それは秘密にしておくべきである、と説明した。しかし、ある事実や教理を秘密にするということは、それが馬鹿げており、吟味に耐えられるものではないということを暗に意味する。こうした指導者の考えに素直に従うことができず、出版活動を止めなかったベレット氏は、教会当局への不従順という理由で破門されたのである。

 こうしたモルモン教会の反動祢政策は、エズラ・タフト・ベンソンやボイド・パッカーのような超・保守的指導者によって推進されている。その狙いは、モルモン教会の統一と秩序の回復である。たとえそれが学術的研究であれ、あるいは歴史的事実であれ、教会の指導を無視し、また教会の規律と秩序を乱す原因となる言論活動や出版は認めるわけにはいかないということである。こういう理由でここ数年、モルモンの研究者、テレビ・雑誌で活躍している文化人、知識人、あるいはフェミニズムの推進者などが次々に教会から破門されるという事件が起こっている。つまりモルモン教会は、情報こそが指導者の権威を脅かす最大の敵であると理解しているわけで、その情報の管理・コントロールのために学術的研究にまで干渉せざるをえないのである。おそらくモルモン教の幹部は、過去の秘密やモルモン教教理の秘密を隠すことに必死で、とても個人の自由を保証する余裕がないというのが実情ではないかと思う。

 しかし、モルモンの知識人、良識ある人々の中には、こうした閉鎖的・閉塞的教団のあり方に失望し、また指導者の強硬路線−指導に服さない信徒を粛清する−にたいして、教会を脱会して抗議する者がでている。たとえば、モルモン教を代表する指導者ベンソンの初孫、ピューリッツァー賞を受賞した劇画家スティーヴ・ベンソン夫妻は、教会関係者からのたび重なる説得・懇願を斥け、自らの意志でモルモン教会から脱会したことを、アリゾナ・リパブリック紙が伝えている。


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