高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


T 素顔のモルモン教 − 7 閉じられた宗教


 モルモン教徒が信仰にたいする興味を失い急速に世俗化しつつあるその原因は、モルモン教の秘密主義にある。平均的モルモン教徒は、自分たちの信仰について驚くほど無知である。というのも大変奇異に聞こえるが、モルモン教会は信徒にたいして教理の中核部分を秘密にしているからである。そのため一般信徒はモルモン教とキリスト教の区別がつかない。宣教師として世界にでかけていくのは何も知らない若い信徒であり、彼らはモルモン教の本当の教理をほとんど知らされていない。こうして彼らによって獲得される新しい信者も、漠然とモルモン教はキリスト教であると考えて入信する。モルモン教が接近する人々の中には、既成のキリスト教に飽きたらない人々もおり、そのほうが都合がよいという面もある。

 信徒にたいしてモルモン教の教理の中核部分が開示されるのは、かなり後になってからの話である。不思議なのは、代々モルモン教徒という家系に生まれても、子どもは無知のまま放置されることである。信仰の先達である親は「死の誓約」を交わしており、モルモン教の中核的教理を、たとえそれが自分の子どもであっても暴露することは許されていない。一般に教会で教えられることも、表面的知識をこえるものではない。モルモン教会は、忠実な信徒と堕落した世俗的信徒とを区別する。忠実な信徒とは、収入の一〇パーセントを教会へ収め、教会の指導に従順な信徒のことで、やがて地域の指導者から「神殿モルモン(教徒)」として推薦をうけ、モルモン神殿におけるさまざまな儀礼への参加が許可される。こうして忠実な信徒は、神殿におけるいろいろな儀礼を通してモルモン教の中核的教理を知ることになる。しかし、モルモン教の本当の姿を知る頃には、友人も結婚相手も、職場の仲間もすべてモルモン教徒であり、世界はすべてモルモン教一色で、新しい教えを奇異に感じたとしても、それを疑問視することはまれである。一方、世俗的信徒は、自分で研究を始める以外には、終生モルモン教の教理を知るチャンスはない。モルモン教の教理はキリスト教用語が用いられているため、表面的にはキリスト教とよく似ている。しかし、モルモン教の教理の中核部分は、キリスト教とは似て非なるものである。モルモン教の教理・神学については後述する。

 モルモン教会が秘密主義を続ける理由としは、さまざまなことが考えられる。

 1.モルモン教を、キリスト教として売りこむのに都合がよい。

 2.信徒の間に、混乱を招かずにすむ。また、たとえ矛盾が露呈しても、無知な信徒には理解できないから、都合がよい。

 3.過去の歴史を不問に付し、過去の過ちやでき事を釈明せずにすむ。

 4.過去の教えにとらわれず、新指導者が新しい教えや方針を導入できる。

 こういう理由が、秘密主義の裏にある動機ではないだろうか。こうした秘密主義は、情報をトップの指導者が独占していた、かつての社会主義国に通じるものがある。


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