高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


T 素顔のモルモン教 − 5 変容するモルモン教


 モルモン教には正典はない。モルモン教は時代とともに発展し変容する宗教であり、正典によって規定されたり拘束されることを拒絶する。『聖書』や『モルモン経』、また歴代の指導者たちの教えを集大成した『講話集』(Journal of Discourses)も条件つきで用いられる。つまり、今日の教会の教えと調和する場合に限り、また今日的メッセージとして妥当な場合に限り有用なのである。したがってたとえ『モルモン経』でも、あるいはジョセフ・スミスやブリガム・ヤングという指導者の教えであっても、それが現在の教えと矛盾するものは、旧いメッセージとして斥けられるのである。

 しかし正典のない宗教は、柔軟である反面、非常に不安定な宗教である。その時代に最もふさわしいメッセージが神の預言者によって伝えられる、というと聞こえはよいが、裏を返せば「とりあえず今はこのような宗教ですが、明日はどうなるかわかりません」という不確実な宗教である。指導者(預言者)が変わるたびに、右往左往するからである。多妻婚の歴史的な変容についてはすでに述べたが、ごく最近も、黒人にかんする教義の一大転換があった。

 モルモン教は創立以来、一貫して黒人〔その中でもとくにアフリカ系黒人〕は神に呪われた人種であり、神の救済からもっとも遠い人々であると教え、永いあいだ黒人にたいして神権を拒否してきたのである。黒人の黒い皮膚と平たい鼻こそ、神の呪いのしるしであると説明されてきた。モルモン教はアメリカの歴史において、もっとも徹底した黒人差別、人種主義の立場を貫いてきた宗教である(W「モルモン教と黒人問題」参照)。ところが一九七八年、大管長スペンサー・キムボールは、それまでの黒人差別の教理を一八○度転換し、黒人にたいする開放を宣言した。一五〇年続いてきたモルモン教の黒人差別の立場が、一夜のうちに方向転換したのである。この出来事は、モルモン教徒にとっては晴天の霹靂であり、いまだに戸惑いを隠せない信徒も多く、それを契機として脱会した信徒も少なくなかった。

 これは、正典を定めない宗教がかかえる不安定性を示した、一つの興味ある出来事である。しかしモルモン教会は、大管長の示す啓示と神が与えた『モルモン経』との矛盾・関係について明確な説明を与えていない。ただし現実には、モルモン教徒の研究者であっても、初版の『モルモン経』を出版したり、過去の歴史や歴代の大管長の語った啓示を研究したりすることが指導者により非難されている。今日の指導者の教えとの矛盾が表面化すれば、指導体制が土台から崩れるからである。


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