高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


T 素顔のモルモン教 − 
4 書き換えられた『モルモン経』


 正典がない第二の理由は、『モルモン経』の改竄である。モルモン教においては『モルモン経』は特別な意味をもつ書物である。一八二〇年、モロナイという天使が青年ジョセフ・スミスを訪れ、古代アメリカにかんする記録の埋蔵場所をしめし、その記録から後に『モルモン経』が翻訳されたといわれる。その記録の翻訳のために、天使から「ウリムとトミム」という翻訳器も備えられたという。その翻訳器は、古代エジプト文字の英語訳を自動的に映しだすものであったから、スミスはただ映しだされた英語を読みあげただけなのである。そして書記がそれを記録し、書記が記録したことを読みあげ、スミスが映しだされた英語と確認する、そういう手順で『モルモン経』が完成した、とスミスは主張していた。その『モルモン経』の初版は、一八三〇年に出版された。

 だがその後『モルモン経』には変更の手が加えられた。大部分が文法やスペリングの訂正であるが、しかし削除、加筆、大幅な書き換えもあり、変更はほぼ四〇〇〇か所にのぼる。この変更・訂正の跡は『モルモン経』の初版と最新版とを比較すれば一目瞭然である。では「この世で最も完壁な書」である『モルモン経』が、なぜ書き換えられねばならなかったのか。それは何よりも『モルモン経』には誤りが多かったからに他ならない。『モルモン経』にあまりに簡単な文法的誤りが多いので、これは貧しい教育しか受けられなかった人の著作に違いないと考える研究者もいる。さらには教義の変更に伴い『モルモン経』と現実との間に齟齬が生じ、矛盾する部分については書き換えの必要が生じたのである。

 しかし『モルモン経』が神から与えられたものなら、人問がそれに手を加えることは、神にたいする冒涜以外の何ものでもない。もし冒涜ではないと主張するのなら、『モルモン経』とはどういう書物なのか改めて問題となるのである。人の都合により変えられる書物は正典ではない。『聖書』は決して変わることのない書物である。変わることがあるとすれぱ、それは解釈であって、正典の内容を変更することは原則としてありえないことである。


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