高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


T 素顔のモルモン教 − 2 カリスマ宗教


 第一に、モルモン教の大管長(最高指導者)は、生ける神の預言者として位置づけられているからである。モルモン教の創始者ジョセフ・スミス、二代目大管長プリガム・ヤング、三代目大管長ジョン・テイラーから、今日(一九九五年五月現在)の十五代大管長ゴードン・ヒンクリーにいたるすぺての大管長は預言者である。預言者は直接、神から啓示をうけ、その時代その時代のモルモン教を導いてきたのである。ではモルモン教の預言者とは、モルモン教のなかでどのような役割を果たしているのであろうか。

 一九八○年二月二六日、使徒(後の十三代大管長)エズラ・タフト・ベンソンは「預言者に従う十四の原則」を信徒に与え、預言者(大管長)の絶対性の原則を再確認した。そこで預言者の役割・位置を理解するために、「十四の原則」を概観してみよう。

 第一、(モルモンの)預言者は、すぺてのことについて、神に代わって語る唯一の人である。

 第二、活ける預言者は、「モルモン教の基準とすべき書物」−つまり『聖書』『モルモン経』『教義と聖約』『高価なる真珠』など−より優先される。

 第三、われわれにとって生ける預言者は、死せる預言者より、はるかに重要である。

 第四、預言者は、けっして(モルモン)教会を誤った道へと導くことはない。

 第五、預言者は、何時いかなるときに、どのような問題について語ったり、どのようなことを行なうときも、この世のいかなる訓練も資格も要求されない。

 第六、預言者は、われわれに神の言を与えるとき、「主はこのように仰せられる……」とわざわざ断わる必要はない。

 第七、預言者は、われわれが欲することではなく、われわれが必要とすることを語るのである。

 第八、預言者は、人間の理性を超越する存在である。

 第九、預言者は、あらゆることについて−現在にかんすることも、霊的なことも−啓示を受けることが可能である。

 第十、預言者は、世俗的な事柄にかかわりをもつこともある。

 第十一、預言者に従うことが困難な二種類の人間がいる。学識ある人間と金持ちである。

 第十二、預言者は、かならずしもこの世から好かれるとは限らないし、また世俗的人間からも好かれるとは限らない。

 第十三、預言者(大管長)と二名の副管長は、大管長会−モルモン教会における最高決議機関−を構成する。

 第十四、生ける預言者と大管長会は、信徒を見守るとき祝福され、信徒を拒絶するとき苦悩する。

 以上が十四の原則である。おわかりのようにこれは預言者(大管長)一人に、あらゆる権限−ほとんど神の全知全能に匹敵する−を付与するものである。またこの原則は、大管長の無謬性(けっして誤ることがない性質)と、人間の理性からの超越を主張するものであるから、学者や専門家でさえも口を挟むことができないのである。つまりモルモン教は正典によって導かれる宗教ではなく、「預言者」というカリスマによって支配される宗教である。


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