高橋 弘 著 「素顔のモルモン教」


T 素顔のモルモン教 − はじめに


 モルモン教という名前から思い浮かべる一般的なイメージは、街角でよくみかける二十歳前後の、一目で白人とわかるアメリカ青年の姿である。しかもほとんど男性である。たいてい二人連れで、バックパックか何かを背負い、自転車に乗り、背広とネクタイ姿である。「英会話を習いませんか」といって近づいてくるこうしたアメリカ人は、自称モルモンの「宣教師」である。彼らはコーヒー、紅茶、煙草、酒をたしなまない。そして伝道熱心で、日本語がよくできる。テレビでお馴染みのタレント、ケント・デリカット氏や弁護士ケント・ギルバート氏も、かつては「宣教師」であり、現在も忠実なモルモン教徒である。モルモン教は伝道熱心な団体である。日本には、北は札幌から南は福岡まで十か所の伝道本部をもち、東京(港区)にはモルモン神殿がある。最近ではアメリカ人に混じって、日本人の宣教師も活動するようになってきた。

 アメリカ国内の一般的なモルモン教の印象は、多妻婚、白人中心主義、什分の一献金、飲食物にかんする厳しい規則、会員の強い共同体意識、努力・清潔・保守的、あるいは、一風変わったキリスト教などである。しかし、ユタ州ソルト・レークを本拠地に活躍するモルモン教会のタバナクル・クワイアー(聖歌隊)は全国的に有名で、復活祭やクリスマスの項ともなるとテレビやラジオで全国津々浦々に美しい歌声が響きわたる。そのレコードやCDも人気商品である。またモルモン教会のボーイ・スカウトヘの熱の入れ方は並外れており、男の子が十一歳になると全員ボーイ・スカウトヘ加入するよう勧める。このため、ボーイ・スカウトヘの加入率は全国一だそうである。

 モルモン教会は政治的には保守主義であり、先の大統領選挙では共和党大会がモルモン教本部のあるユタ州ソルト・レークで開催された。これはユタ州(モルモン教)が保守主義の砦とみられていることを意味している。少し旧い話であるが、超保守主義一クリスチャン・ニュー・ライト一のジェリー.ファルウェルが率いるモラル・マジョリティとモルモン教との政治的な接近も、保守主義という面からみれば理解できないことではない。アメリカでは、こういう保守主義の良い面を体現しているのがモルモン教徒であると信じられているのである。つまり人気ドラマ「大草原の小さな家」に理想として描かれている旧きよきアメリカを、いまだ失っていないアメリカ人としてモルモン教徒が熱い視線をうけているのである。働き者の父と母、たくさんの子供たち(父も母も白人であるから人種問題の暗い影はないし、典型的の子どもはブロンドで青緑の目をしていて可愛らしい)、ポルノグラフィはもちろん、酒や煙草にも厳しい家、一家そろった夕べの団欒、離婚にはもちろん反対である。そして教会には熱心で、愛国主義者である。こういったアメリカ社会から急速に失われつつあるものにたいして喪失感をもつアメリカ人が、モルモン教徒のなかにそれを見出し(たと思い)、ノスタルジーに耽溺するのである。ロサンゼルス・タイムズ紙の記事では、「モルモン教徒は、平均的アメリカ人以上にアメリカ人らしい、スーパー・アメリカンとして国民の目に映っている」という。アメリカ人にとってモルモン教徒は模範生なのである。しかし、そういう明るいイメージからは想像のできない暗いニュースも多々ある。(下記参照)

 イエール大学のハロルド・ブルーム教授は、モルモン教徒は基本的な、しかも深刻な矛盾を抱えていると指摘し、次のように言う。レーガン、およびブッシュ大統領は、CIA、FBIおよび連
邦軍に勤務する多数のモルモン教徒(その多くは高官である)について、彼らほど愛国的なアメリカ人はいないと信じている。また今日、モルモン教徒ほど一夫一婦制にたいして熱心であり、彼らほどキリスト教徒であることを熱心に主張するアメリカ人はいない。しかし、モルモン教徒が、モルモンの預言者であり指導者であったジョセフ・スミスやプリガム・ヤングのもっとも重要な教えに忠実であるなら、モルモン教徒は西欧的一夫一婦制や歴史的キリスト教を否定するように、アメリカ的デモクラシーも否定するはずだ。スミスやヤングは神権政治の実現を願っていたし、またモルモン教は一神教でさえない。彼らは複数の神々の存在と、複数の妻たちの所有を当然と考えているからである、と(The American Religion, 1992)。これらのブルーム教授の指摘は正しい。

 ところでモルモン教はきわめて理解しにくい宗教である。モルモン教会は自分たちの信仰を明確に語りたがらないし、信徒にたいしてさえも信仰の核心部分を秘密にしているからである。そのためアメリカ国内でも、モルモン教はキリスト教・プロテスタントの一派であるかのように思われているのである。実際、二十年ほど前に、モルモン教徒の海軍少将アルヴィン・コーネマンが、プロテスタントとして正式にアメリカ海軍付チャプレン(牧師)に任命されたという事実が、誤解の深さを物語っている。つまり、アメリカ社会はモルモン教をキリスト教として認めたのである。

 モルモン教は十九世紀の初め、アメリカにおいて誕生した宗教で、今日、アメリカでもっとも会員数を伸ばしている教団の一つである。モルモン教は、その誕生からすでに一六〇年以上になるが、ごく最近までモルモン教こそ唯一正しいキリスト教であると主張し、他のキリスト教諸派を誤りとしてきた。しかし近年その方針を改め、モルモン教はキリスト教の一宗派であると主張し始め、モルモン教の明るいイメージをメディアや雑誌を通じて必死に売りこんでいる。その功を奏してか、今日では、モルモン教はキリスト教の一派とみなされるようになってきた。

 モルモン教にはさまざまな分派がある。もっともよく知られている派は、ユタ州ソルト・レーク市に本部を置く「末日聖徒イエス・キリスト教会」(Church of Jesus Christ of Latter-day Saitns)という派で、その会員総数は八七〇万人といわれている。つぎに大きい派は、ミズーリ州インディペンデンスに本部を置く「復元・末日聖徒イエス・キリスト教会」(Reorganized Church of Jesus Christ of Latter-day Saints)という派で、その会員数は二十五万人である。この他にも一〇〇ほどの小さなモルモン教のグループがある。モルモン教(徒)というのは通称である。モルモン教徒は自分たちを「聖徒」とよび、外部の人々は彼らを「モルモン」とか「LDS」と呼んでいる。一般に「モルモン教」といえば、とくに断り書きのない場合、ユタ州の「末日聖徒イエス・キリス
ト教会」をさす。そこで本書でも主としてこのグループについて述べることにする。モルモン教は果たしてキリスト教なのか、そうでないのか。モルモン教は、いったいどのような宗教なのか。こういう疑問を胸に、モルモン教をいろいろな側面から検討することにしたい。

 ユタ州はその人口の七割以上がモルモン教徒であるが、そのユタ州に関する意外な事実が報道されている。いくつかの記事を総合すると、次のようになる。

 ユタ州では、離婚率、十代の自殺率が全米平均より高い。女性の自殺率が増えており、自殺が、ユタ州内での死亡原因の第三位。児童虐待が多く、殺人による被害者のうち十五歳以下の子供が二〇パーセントで、これは全米平均の五倍。ソルトレーク市のレイプ被害者数は、報告されたものだけで同規模都市の二倍。ユタ州での窃盗、集団犯罪は、驚異的に膨張している、等。(Salt Lake Tribune紙、1992年 6月26日、 8月13日。Los Angeles Times 紙、1983年 6月26日。モルモン教の所有する Deseret News 紙、1976年 2月11日、 1979年 9月 3・21日、1982年 8月25日。WORLD ALMANAC, Uniform Crime Report, 1983, pp. 966-7。

 もう一つ、デンバー・ポスト紙の特集「ユタ・モルモン州の内側」(1982.11.21、28) から一部を引用すると、「・・ユタの離婚率は、常に全米平均を上回ってきた・・そして、 二〇歳が、ユタの女性が離婚するごくありふれた年齢である・・ユタにおける子殺しの率 は、全米平均の五倍である・・ユタではベイビーの半数は十代の母親から生まれ、そのう ち七割が婚姻関係の外でできたベイビーである・・モルモン教徒は酒やタバコという悪徳 はやらないが、その代わり大の甘党になる傾向がある。全米の成人の肥満率は十九パーセ ントであるが、ユタ州の成人のうち、四六パーセントが肥満である・・」。

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