「説教」の改変


モルモン教会の初期の幹部による説教は、「検閲」を受けた後に教会所有の新聞「Deseret News」に掲載されている。そして、「説教集(Journal of Discourses)」という書物にまとめられる際、さらに変更が加えられている。しかしそれにも関わらず、現在のモルモンの教義では教えられていない多くの事柄がまだそのまま説教の内容として残っている。使徒ジョン・A・ウィッツォー長老は、「説教集」の前書としてこう書いている。

ブリガム・ヤングは自分の説教の速記録をとらせていた。人々に説教して旅をする際、記録係が彼に同行していた。彼の話す言葉はすべて記録したのだ。1851年12月16日から1877年8月19日に話された説教のすべては「説教集」として広く発行されている。偉大な歴史上の人物で、これほどその発言が忠実に記録され、保存されている者はいない。("Discourses of Brigham Young" by John A. Widtsoe)

ウィッツォー長老はブリガム・ヤングの説教が「忠実に(すなわち語られたまま)」保存されていると言っているわけだが、彼が編纂した「Discourses of Brigham Young」では、ブリガム・ヤングの言葉が改変されている。例えば、ブリガム・ヤングの非愛国者的な発言を以下のように改変している。最初にオリジナルの「説教集」から、次にウィッツォー長老の編纂した「ブリガム・ヤングの説教」から引用してみる。

われわれの敵の勢力が次第に増していると感じる理由がないと言えるだろうか。政府はわれわれの敵を黙認し、われわれの滅亡に加担していると感じる理由がないと言えるだろうか。("Journal of Discourses", Vol.2)

われわれの敵もわれわれの滅亡に加担していると感じる理由がないと言えるだろうか。("Discourses of Brigham Young", p.478)

この改変について、ウィッツォー長老は何の注釈もしていない。単なる文や節の削除ならまだしも、このような改変は原文の意味を完全に捻じ曲げている

ブリガム・ヤングは1853年4月6日に、自分は示現を見たり予言をすることはない、と自ら認め、以下のような発言をしている。

兄弟達、事が成就するまで、業の仕上げに喜んで努め、忍耐強く待ちなさい。私はそのようになることを知っている。私は示現を見ることはないし、予言が与えられることもない。私は示現や予言が必要な時にはヒーバー兄弟を呼んで、予言をしてもらうのだ。彼は私の予言者であり、彼も予言することを好み、私も彼の予言を聞くのを楽しみにしている。私は啓示や示現について語ったことはほとんどないのである。("Journal of Discourses", Vol.1)

ブリガム・ヤングはこのように、つい本音を語ってしまったわけだが、ウィッツォー長老は「ブリガム・ヤングの説教」を編集する際、何の注釈もなく一部を削除し、以下のように改変している。

兄弟達、事が成就するまで、業の仕上げに喜んで努め、忍耐強く待ちなさい。私は啓示や示現について語ったことはほとんどないのである。("Discourses of Brigham Young", p.410)

再バプテスマ」の教義についても同様である。以下の2つを比較して欲しい。この例についても、原文の意味を完全に捻じ曲げている。

この時啓示が下り、聖徒たちは望む時にバプテスマを受け、再バプテスマを受けることができるようになった。われわれは親しい友のためにバプテスマを受けることもできるようになったのである。("Journal of Discourses" Vol.18)

この時(1840年)啓示が下り、われわれは今は亡き友のためにバプテスマを受けることもできるようになったのである。("Discourses of Brigham Young" p.462)

原文の「親しい友」の英文オリジナルは「dear friends」であり、「今は亡き友」は「dead friends」である。前者の dear は dead の誤植であったということも考えられないではない。しかし、再バプテスマの一節の削除を正当化するものではない

著作物の原文が編集者によって削除・修正されることは、一般的にはままあることである。しかし「ブリガム・ヤングの説教」の前書として、ウィッツォー長老はわざわざ以下を記している。

この本では、ブリガム・ヤングの語った言葉について、全く改変を行っていない。いくつかの部分で、本来印刷段階で修正すべき言葉づかいやスペルの誤りの修正は行っている。("Discourses of Brigham Young", Preface)

このウィッツォー長老の言葉は、単なる誤りとして済まされる問題ではない現在の教義に照らし合わせて不都合な部分を隠蔽しようという、明らかな意図を持って行われた改変なのである。

参考文献:"Mormonism - Shadow or Reality?" by Jerald and Sandra Tanner


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