再バプテスマ


現在のモルモン教会では、脱会または破門になった者以外に再バプテスマを施すことはない。ジョセフ・フィールディング・スミス大管長はこのように言っている。「誓約を新たにするという名目で、過ちを犯す度に赦しを得るための再バプテスマを施す必要はない。再バプテスマを行うことは、この神聖な儀式をはなはだしく軽んじることであり、その効果を弱めてしまうことにもなる。罪の赦しを得るためのバプテスマは一度で十分なのである。("Doctrine of Salvation, Vol.3")

しかし、ジョセフ・スミスやブリガム・ヤングの時代には、再バプテスマは教会内で広く行われていたことは、教会歴史を調べれば明らかである。1856年の記録にはこう記されている。「教会全体で大掛かりな改革が進んだ。聖徒(教会員)のほとんどはバプテスマを受けることにより誓約を新たにした。」("Church Chronology" by Andrew Jensen)

以下のような証も記録されている。「ユタに来たすべての教会員は、ブリガム・ヤングの下にバプテスマを受けるように指示された。その後、教会はもう一つの改革が進み、われわれは二度目のバプテスマを受けた。そのバプテスマの目的も同じであった。私は、われわれがその時にキリストから離れてしまったのかどうかはわからない。」("Temple Lot Case")

使徒のオルソン・プラット長老は1875年にこのように言っている。「ここに移民してきたすべての末日聖徒にとって、それ(再バプテスマを受けること)は一般的な儀式のようである。大管長以下全員が再バプテスマを受け、誓約を新たにしたのである。」("Journal of Discourses")

会員記録が現在ほど整備されていなかった時代のことでもあり、ユタへ移民してきた自称教会員が本当にバプテスマを受けているかどうかが確認できず、やむなく再バプテスマを施した、というのなら、ある程度の理屈が通るだろう。しかし以下のようなブリガム・ヤングの言葉からすると、そのような事情があったわけではなかったことがわかる。ブリガム・ヤングは、再バプテスマの実施は啓示によるものだとしている。

「この時啓示が下り、聖徒たちは望む時にバプテスマを受け、再バプテスマを受けることができるようになった。われわれは親しい友のためにバプテスマを受けることもできるようになったのである。」("Journal of Discourses")

オーガスト・W・ランドストロームは、リード・スムート事件(モルモン教会の多妻結婚実施についての米国上院による調査)で、モルモン教会は1898年に再バプテスマの実施を取りやめたと証言している。さらにこう証言している。

バン・コット氏:再バプテスマの実施について、カウリー使徒とはどのような話になりましたか?
ランドストローム:再バプテスマの廃止について話しました。それまでは当事者の要請により一般的に行われていたのですが、再バプテスマはもう行わないように、との指示を受けました。・・・私は教義に矛盾を感じました。教義が変更されたのです。私はこれこそが唯一真の教会だと思ってモルモン教徒になりました。私は心からこの教会が神の教会であり、啓示によって導かれていると信じていました。しかしこのような教義の変更が啓示の名の下に行われ、しかも以前の啓示と明らかに矛盾するので、私はもっと詳しく研究するようになりました。すると、初めは壁の小さな穴に過ぎなかったものが、手を触れると人がくぐれるほど大きな穴になりました。教会の基盤は決して堅固ではないことがわかり、私は教会を離れました。私の持っていた確信は崩れ去りました。以前はこれこそ真理だと確信していましたが、今や同様に、これは真理ではない、と確信しています。("Reed Smoot Case" Vol.2)

モルモン教会での教義の変更は数え切れないほど多いのである。ニブレー長老の主張とは逆に、教義がこれほどまでに変更された教会は、他にはないくらいなのである。

参考文献:"Mormonism - Shadow or Reality" by Jerald and Sandra Tanner


「変わらぬ教義」へ戻る

wpe2.jpg (1592 バイト)