ジョセフ・スミスと「知恵の言葉」


モルモン教会はたびたび方針や教義の変更を行ってきているが、時にはそのことを知られることを恐れ、教会の記録そのものにも改変を加えている。その一つの例は、「知恵の言葉」として知られる戒めに関する改変である。「知恵の言葉」は1833年2月27日にジョセフ・スミスに与えられた啓示とされており、教会員がアルコール飲料、タバコ、コーヒーやお茶を摂取することを禁じている。「知恵の言葉」について、教会員ジョン・J・スチュアートはこう記している。

お茶やコーヒー、酒、タバコをたしなむ者は、教会で地位を与えられることは決してない。・・・予言者(ジョセフ・スミス)自身も「知恵の言葉」に厳格に従っており、人の持つ弱さには寛大さを示したが、教会幹部にも「知恵の言葉」に従うことを求めていた。("Joseph Smith the Mormon Prophet" by John J. Stewart)

スチュワート氏の記述に反して、ジョセフ・スミスは「知恵の言葉」を守っておらず、時には教会員に対して守らないようにアドバイスすらしている。ゲイリー・ディーン・ガスリーは、ブリガムヤング大学の修士論文でこう記している。(ガスリー氏の情報源は使徒アブラハム・H・キャノン長老の日記である)

ジョセフは聖徒たちの信仰が教会に対してのものであって、彼個人に対するものではないことを確認するために聖徒たちを試した。大管長会のアマサ・ライマンは「ジョセフ・スミスには変な癖があり、聖徒たちの信仰を何度も試した。ある時、ジョセフは「知恵の言葉」について力強い説教をした直後、葉巻を吸いながらノーヴーの通りを馬で駆け抜けた。何人かの兄弟(男性の教会員)たちは、古のアブラハムの如く、信仰の試しを受けた。("Joseph Smith As An Administrator" by Gary Dean Guthrie)

ジョセフは教会員の信仰を試したというより、自分が「知恵の言葉」を守らないことを正当化していたに過ぎない。また、もし本当に教会員の信仰を試すつもりだったとすれば、例えば極めて大きな犠牲を求めるといった方法を用いるべきであり、自らが罪を犯すふりをする必然性は全くないはずである。

ジョセフは「知恵の言葉」の啓示を受けて11年後、教会発行の新聞「Latter-Day Saints' Millennial Star」でこう記している。

それからジョン・P・グリーンの店に行って、彼ともう一人の兄弟に200ドルを支払った。モーサーズの店でビールを一杯飲んでから、ウィリアム・クレイトンの家を訪問した・・・(Millenial Star, Vol.23)

ジョセフに関するこの記述は、後の教会幹部たちを戸惑わせたと思われる。「History of the Church」では、何の説明もなく一節が削除され、次のようになっている。

それからジョン・P・グリーンの店に行って、彼ともう一人の兄弟に200ドルを支払った。そしてウィリアム・クレイトンの家を訪問した・・・(History of the Church, Vol.6)

ジョセフはまた、何人かの兄弟たちに、「知恵の言葉」を破るよう勧めている。

私のもとに、「知恵の言葉」を破ってウィスキーを飲んでいる兄弟たちがいるとの報告があった。私はその兄弟たちを招き入れて事実関係を調べたが、何の罪も認められず、満足した。そして彼らに数ドルを与え、寝ずの旅の疲れをいやすために、ウィスキーの瓶を満たすよう指示した。(Millennial Star, Vol. 21)

この記述も、「History of the Church」に再録するにあたっては、何の説明もなく後半部分が削除されている。

ジョセフの死んだ1844年6月27日には、このような出来事があった。彼は当時、カーセージの牢獄に入れられていた。

リチャーズ医師(ウィラード・リチャーズ長老)が病気になり、ジョセフは「マーカム兄弟、君は知事から牢獄の入出許可証を持っているのだから、リチャーズ医師の胃の具合を落ち着かせるためにパイプとタバコを持ってきてくれ」と言った。マーカム兄弟はそれらをとりに行った。彼がパイプとタバコを手に入れて牢獄に戻る途中・・・」(Millennial Star, Vol.24)

「History of the Church」では、以下のように変えられている。

リチャーズ医師(ウィラード・リチャーズ長老)が病気になり、ジョセフは「マーカム兄弟、君は知事から牢獄の入出許可証を持っているのだから、リチャーズ医師の胃の具合を落ち着かせるために必要なものを持ってきてくれ」と言った。マーカム兄弟は薬をとりに行った。彼が必要な治療薬を手に入れて牢獄に戻る途中・・・」(History of the Church, Vol.6)

教会側は、この場合、タバコを薬用目的に使用するのだから、「知恵の言葉」に反することにはならない、と弁解するかも知れない。それならその旨を正直に記載すればよいのであり、原文を変更する必要はないはずである。

しかし、よく考えればわかることだが、タバコが胃の薬になるというのは聞いたことがない。タバコを吸って胃が落ち着くとすれば、それはタバコ常用者の場合である。上記の記述から、リチャーズ長老はタバコを止めることができなかったことがわかる。クレア・ノーオールはこう書いている。

ヒーバー・ジョン・リチャーズは、父(ウィラード・リチャーズ長老)が死の床について最後の数週間、暖炉の火で父のパイプに火を点け、持って行ったものだ。彼(ヒーバー)はこの話をよく娘のローダに聞かせ、私はその話を彼女から聞いた。("Intimate Disciple, A Portrait of Willard Richards" by Claire Noall)

このように、教会指導者は「知恵の言葉」に関する教会方針の変化に当惑し、歴史記録を書き換えてしまっているのである。使徒ジョン・A・ウィッツォー長老は、教会はジョセフの生涯の記録について、何も隠し立てはしていないと主張している。

予言者(ジョセフ)と教会の歴史については、何ら解釈もごまかしもなされていない。この件について、議論の余地はないのである。事実を隠すようなことは、何もしていないのである。("Evidence and Reconciliations" by John A. Widstoe)

ウィッツォー長老のこのコメントは、明らかに誤りである。「History of the Church」は初版以来、45000語以上が削除され、17000語以上が追加されている。このページに挙げた例は、いずれも「History of the Church」の初版が出版される時点で改変されており、それらはすべてジョセフの死後行われたものである。

参考文献:"Mormonism - Shadow or Reality?" by Jerald and Sandra Tanner

関連ページ:「素顔のモルモン教−『知恵の言葉』と食物規定」


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