「啓示」の真実


モルモン教会の使徒ジョン・A・ウィッツォー長老は予言者に与えられる「啓示」について、以下のように述べている。

「教義と聖約」はジョセフ・スミスが受けた啓示を集めたものである。・・・この書物自体が、予言者ジョセフの真実性を証している。古い教義についての説明と新しい教義の発表が記されていることは、それが神に起源を持つものだということの確実な証拠である。教会の敵はあえてこの書物について論じることを注意深く避けている。彼らはこの書物を恐れているのである。("Joseph Smith - Seeker After Truth" by John A. Widtsoe)

ウィッツォー長老のこの言葉に反し、反モルモンはこの書物(教義と聖約)について論じることを恐れてはいない。むしろ、反モルモンにとって、教会を攻撃する格好の材料となっているのである。「教義と聖約」の最大の問題は、そこに収録されている啓示が改変されているということである。メルビン・J・ピーターセンは反モルモンの作家ヘンリー・キャスウォールが「教義と聖約」について以下のように述べたことを引用している。「この書物は二つの版が出版されている。最初は1833年、次は1835年である。二つを比べると大きく内容が食い違う部分がみられ、しかも互いに相反する内容となっている部分すら存在する。」教会員の中にも、改変が行われていることを認めている者がいる。例えば、B・H・ロバーツ長老は、啓示の内容の追加が段落単位でなされていることを以下のように述べている。

1833年に「誡命の書(「教義と聖約」の前身)」として最初に出版された教会初期の啓示のうちのいくつかは、書記や出版者の犯した誤りを修正するために予言者自身によって改訂された。さらに、啓示が与えられた教会初期の時期にいなかった教会指導者に原則と指示を与えるために、いくつかの文言や段落が追加挿入された。("History of the Church", Vol.1)

教会員であるジョン・ウィリアム・フィッツジェラルドは、ブリガム・ヤング大学の修士論文で以下のように述べている。

1.1833年に出版された「誡命の書」のいくつかの章については、1835年に出版された「教義と聖約」では、単純な言葉づかいの変更や、意味が変わるような言葉づかいの変更が行われている。
2.文の意味が変わってしまうような変更は、二つの版の同じ章・節だけでなく、章の前書きや章全体についてもなされている。("A Study of the Doctrine and Covenants" by John William Fitzgerald)

先出のメルビン・J・ピーターセンもブリガム・ヤング大学の修士論文で以下のように述べている。

ジョセフ・スミスの意図をより明確にするため、啓示には多くの言葉が書き加えられている。読者がよりよく節の意味を理解することができるよう、多くの文言が付け加えられているのである。・・・ジョセフ・スミスの書いた啓示にみられる言葉づかいは訂正が必要であった。最初に出版された啓示には、多くの文法的誤りがあった。・・・ジョセフ・スミスは最初の版を改訂するにあたって、もっと意味を明確にすべきだということに気づき、意味がよくわかるよう、書き加えたのである。・・・啓示からは不必要な部分を削除している。また、いくつかの例外を除いて、過去の出来事でもはや重要でない事柄も削除されている。("A Study of the Nature of and Significance of the Changes in the Revelations as Found in a Comparison of the Book of Commandments and Subsequent Editions of the Doctrine and Covenants" by Melvin J. Petersen)

奇妙なことに、かつてモルモン教会の教えは「改訂の必要がない」と主張していたヒュー・ニブレイ博士は、ジョセフ・スミスの啓示が改変されたことを認める手紙を書いている。

啓示は必要に応じて改訂される。これこそ啓示の良い点である。これで終わりということはないのである。(1966年5月12日付けのモリス・L・レイノルズ宛の書簡)

ジョセフ・スミスの啓示が改変されていることを進んで認める教会員の著述家は少なく、多くは不正直あるいは無知である。使徒ジョン・A・ウィッツォーは啓示が「変えられていない。神の言葉を勝手にいじくることはできないのである("Joseph Smith - Seeker After Truth")」と発言している。

第10代大管長ジョセフ・フィールディング・スミスも、ジョセフ・スミスの啓示に関して以下のように述べている。

啓示はあらゆる部分について、完全にかつて啓示されたままである。一部を削除したり、変更したり、内容を調整したりする必要は全くないのである。教義や神権に関する新たな啓示は完全な体系を保っており、あたかも偉大な建築者の仕事のようである。("Doctrines of Salvation", Vol.1)

デビッド・O・マッケイ大管長の副管長ヒュー・B・ブラウン(先出)も、以下のように述べている。

教会初期の啓示で改訂されたものはない。「教義と聖約」は第5・7章を含め、最初に出版されたままで保たれている。(1966年5月13日付けのモリス・L・レイノルズ宛の書簡)

「教義と聖約」をつぶさに研究していけば、実に多くの啓示に改変が加えられているかがわかる。文法的な誤りの修正ならまだしも、意味が全く逆になるような変更もかなりある。モルモン教会の言う「啓示」は神から来るものではなく、人の考えである。だから時々相矛盾する「啓示」が与えられてしまうのである。教会指導者は後になってそのことに気づき、教義上の整合性を保つために、啓示を改変するのである。時には、発表された当時は啓示として受け入れられた予言者の発言も、後には予言者個人の見解であって啓示ではなかったという解釈が付け加えられる(「変わらぬ教義」の真実参照)。「啓示」が与えられて「教義」が明らかになるのではなく、人のつくった「教義」を権威づけるために「啓示」という称号を与えているだけなのである。

参考文献:"Mormonism - Shadow or Reality?" by Jerald and Sandra Tanner

「教義と聖約」の改変 啓示改変の隠蔽工作 その他の改変工作
「教義と聖約」第5章
における改変
「教義と聖約」第7章
における改変
「教義と聖約」第10章
における改変
「教義と聖約」第18章
における改変
「教義と聖約」第20章
における改変
「教義と聖約」第25章
における改変
「教義と聖約」第42章
における改変
「教義と聖約」第81章
における改変
「教義と聖約」第137章
における改変
啓示の改変に対する
教会側の見解

*上記の改変事例は全体のごく一部に過ぎない。神権に関する啓示の改変などは別のテーマで論じたい。


wpe2.jpg (1592 バイト)