「教義と聖約」第42章における改変


「教義と聖約」第42章第30・31節には以下のように記されている。

また見よ、あなたは貧しい者を思い起こし、破ることのできない聖約と証書をもって、彼らに分け与える必要のある分を、彼らの扶養のためにあなたの財産のうちから奉献するであろうあなたがたが貧しい者に持ち物を分け与えるのは、すなわち、わたしにするのである。

ところが、「誡命の書」に収録された啓示のオリジナルは、以下の如く、全く意味合いの異なるものである。

また見よ、あなたは破ることのできない聖約と証書をもって、あなたのすべての財産をわたしに奉献しなければならない

このような改変が行なわれた一つの理由は、モルモン教会が共産主義を実践しようとしているという非難をかわすためと考えられる。ファーン・M・ブロディ女史は以下のように言っている。

ジョセフはエノクの共同制度を築くという啓示を発表した。・・・私有財産は教会の財産となり、個人の利益は共同体に供された。・・・管理人が、土地の収穫物の余剰分や店舗の利益を没収し、教会の倉庫や金庫に献納し、改宗者は自分と家族の「生活を支え慰む」ために必要な物だけを所有することだけを許された。本当のマルクス共産主義の精神−すべての者から能力に応じて、すべての者へ必要に応じて−が全体の制度を意味していた。("No Man Knows My History", p.106)

共同制度の実施にあたっては、ジョセフがシドニー・リグドンの影響を受けていた可能性がある。クラウス・J・ハンセンはこう述べている。

パーレー・P・プラット、オリバー・カウドリ、他に二人の長老が、・・・オハイオ州カートランドに立ち寄り、シドニー・リグドン率いるキャンベル派の会衆を、シドニー・リグドン本人を含めてほとんど丸ごと改宗した。彼ら「キリストの弟子達」は、共産主義制度によって生活しており、オハイオ州におけるモルモン教徒居住地の中心となった。ジョセフ・スミスは、最初、そのような共産主義社会を確立しようとしたのである。("The Theory and Practice of the Political Kingdom of God in Modern History, 1829-1890", BYUの修士論文)

ブロディー女史はまた、「それがもともとはリグドンの発想であったという事実により、ジョセフの共同制度に対する熱意は、いつも薄らいでしまった」("No Man Knows My History", p.108)としている。

結局、共同制度は挫折してしまい、それ以降、共産主義まがいの経済制度がとられることはなかった。それまで順調に進んでいたジョセフの野望も、ここに来てつまづいた。世間の非難をかわすと共に、自分の失敗を少しでも目立たなくするためにも、この改変は好都合であった。

参考文献:"Mormonism - Shadow or Reality?" by Jerald and Sandra Tanner, "An Address To All Believers In Christ" by David Whitmer


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