「教義と聖約」第137章における改変


「教義と聖約」第137章は、「日の栄えの王国に関する示現」として知られており、1836年1月21日に示されたものとされている。教会歴史研究家のマイケル・マーカート氏は、この示現が、1836年1月21日付けのジョセフ・スミス自身の日記に記述されていたものであることを発見している。その日記に、実際には次のように記されている。

天がわたしたちに開かれ、わたしは神の日の栄えの王国とその栄光を見た。・・・わたしは父祖アダムとアブラハムとミカエル、またわたしの父と母、眠ってから久しい兄のアルビンを見た。(Joseph Smith's 1835-36 Diary, Jan. 21, 1836; printed by Modern Microfilm Co.)

モルモン教会はこの啓示を聖典に採録するにあたり、「とミカエル」という語を、何の注釈もなしに削除している。したがって、現在の「教義と聖約」137章1、5節では以下のようになっている。

天がわたしたちに開かれ、わたしは神の日の栄えの王国とその栄光を見た。・・・わたしは父祖アダムとアブラハム、またわたしの父と母、眠ってから久しい兄のアルビンを見た。

「とミカエル」が削除されているというのは、一見たいしたことではないように思えるかも知れないが、モルモンの教義に照らし合わせると、「わたしは父祖アダムとアブラハムとミカエル・・・を見た」という記述は極めて重要な問題をはらんでいるのである。なぜなら、ジョセフ・スミスの受けた別の啓示によると、アダムとミカエルは同一人物だからである。

「教義と聖約」107:54には、「彼ら(注:アダムが死ぬ前に呼び集めた子孫たち)は立ち上がってアダムをほめたたえ、彼をミカエル、君、天使長と呼んだ」とあり、27:11には、「すべての者の先祖、すべての者の君、日の老いたる者であるミカエル、すなわちアダムとともに」とある。つまり、モルモンの教義では、アダムとミカエルは同一人物であり、「わたしは父祖アダムとアブラハムとミカエル・・・を見た」という記述はあり得ないのである。モルモン教会側は、このような教義的な矛盾を避けるために、啓示から「とミカエル」の語を削除したのである。

この改変は、ブリガム・ヤング大管長の時代に行なわれたことは明らかである。マーカート氏の調査によれば、改変がジョセフの死後なされたということがわかっている。この啓示が「History of the Church(Book B-1, p.695)」の手書き原稿に転記された際には「とミカエル」という語がまだ残っていた。マーカート氏は、「Manuscript History(Book B-2, p.618)」の写本にもそれがまだ残っていることを発見している。これは、ジョセフ・スミスの死後1年近くなっても、まだ「とミカエル」が削除されていなかったことを意味している。("Brigham Young University Studies", Summer 1971,
p.469 参照)

しかし、1852年9月4日付けの「Deseret News」紙(教会所有の新聞)に掲載された示現では、「とミカエル」が削除されている。したがって、1845年から1852年の間のいつかの時点で改変がなされたということであり、モルモン教会は、その示現を受けた預言者本人の承諾なしに、改変したということなのである。

「教義と聖約」第137章に記されている示現に関して、実はモルモン教会は、その示現の最初の部分のみを聖典に採録している。ジョセフ・スミスの日記に記されていた内容から、200語以上もの内容が割愛されたのである。("History of the Church" 2:380-81参照) 割愛されたのは、以下の部分である。

・・・私はまた、南にマクレリン長老が大勢の群集に囲まれて丘の上に立っており、彼らに説教をし、松葉杖に支えられた足なえの男が自分の前に立つと、マクレリン長老の言葉を受け、神の力により松葉杖を投げ捨て、心臓のように飛びあがるのを見た。

マクレリンに関するこの示現を聖典に採録していたとすれば、モルモン教会としては面目を失うこととなっていたはずである。「History of the Church(Vol.3, pp.31-32」によると、彼は「ファーウエストで、教会から破門された。それ以来、彼はミズーリの聖徒たちに対する迫害活動で大きな役割を果たした。ある時には、ジョセフ・スミス個人に対して暴行を加えたいという欲望すら公言していた。・・・その結果、彼は復元教会と呼ばれる教会の設立を企てた」のである。

またジョセフはその示現で「今この地上にいて、異国(注:アメリカのこと)の地でこの最後の統治の時代の鍵を握っている子羊の十二使徒が、輪になって立っているのを見た。・・・そして私はその12人がついに神の日の光栄の王国にいるのを見た。」と言っている。これらの十二使徒は、ジョセフ・スミスの時代に彼が召した十二使徒を指している。

聖書によれば、イエスは使徒ユダが堕落することを予見していたが、ジョセフ・スミスは自分の召した使徒たちのたどる運命を予見することはできなかったようである。12人のうち、少なくとも6名は破門され、そのうちの4名は、教会に戻ることなく生涯を終えている("Essentials in Church History", 1942, pp.663-665参照)。使徒ウィリアム・E・マクレリンとウィリアム・スミス(ジョセフの実弟で使徒の一人)は、モルモン教会を滅ぼそうと熱心に活動を行なった。にも関わらず、ジョセフは「その12人がついに神の日の光栄の王国に入る」という示現を見たと言っているのである。

このような事実を踏まえると、モルモン教会が示現のこの部分を聖典に採録しなかったこともうなづけるというものである。

参考文献:"Mormonism - Shadow or Reality?" by Jerald and Sandra Tanner


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