アブラハム書のパピルスには

何が書かれていたのか


アブラハム書の翻訳の信憑性についての最初の疑問の提示は、1860年、モルモン教徒に興味を持ったフランス人旅行者ジュール・レミー(Jules Remy)が、コプト語の研究家にアブラハム書の図版を検討させ、ジョセフの翻訳結果との対比を「A Journey to Great Salt-Lake City」(1861年刊)の中で行ったことである。

1912年には監督派教会の牧師であるF・S・スポールディング氏が、数多くのエジプト学者に図版を検討させたが、彼らは口を揃え、パピルス文書の内容は、ごくありふれた埋葬文書であるとしている。(以下参照)

オクスフォード大学のA・H・セイス博士は、第2図は「普通の埋葬文書」であり、第3図は「女神マートが女神イシスを後ろにしたオシリスの前にパロを導いている図」であるとしている。

メトロポリタン美術館のアーサー・メイスは、ジョセフの説明文を「最初から最後までナンセンスのごたまぜ」としている。

ロンドン大学のW・M・フランダーズ・ペトリー博士は「これら(ジョセフ)の説明は一語たりとも正しいものはないと自信を持って言える」としている。

シカゴ大学のJ・H・ブレステッド博士は「ジョセフ・スミスは古代エジプト人の日常生活でありふれて目にできるものをアブラハムへの特別な啓示であると主張している」としている。

アブラハム書第3図

女神マートが女神イシスを後ろにしたオシリスの前にパロを導いている図。アブラハム書では、王座に座っているのはアブラハム(実際はオシリス)であるとしている。(アブラハム書第3図)

1967年に発見された11片からなるパピルスの原本は、シカゴ大学東洋研究室のエジプト学者であるジョン・S・ウィルソンとクラウス・ベア、そしてブラウン大学のリチャード・A・パーカーにより翻訳され、以下のことがわかっている。

原本片のいくつかはタ・シェル・ミン(Ta-Shere-Min)というエジプト女性の「死者の書(Book of the Dead)」である。また、残りの原本はエジプトの「休息の書(Book of Breathings)」であり、ベア教授によると正確には「ホルの休息の許可(The Breathing Permit of Hor)」である。(注:さらに付け加えると、年代はアブラハムの時代から2000年も後であることもわかっている)

アブラハム書第1図は「オシリスの秘儀の有名な場面で、ジャッカルの頭部を持つ神アニュビスが棺台の上の死者オシリスに儀式を施している」ものと鑑定された。図版ではジャッカルではなく人間の頭になっているが、それは原本の失われた部分に何者かが誤って描き加えたものであることが判明した。

アブラハム書第1図   パピルスの原本

アブラハム書の第1図(左)とパピルスの原本(右)

原本の立っている人物の頭部(本来はジャッカル)がアブラハム書では新たに描き入れられているのがわかる。また、アブラハム書では誤って棺台の向こう側に人物が立っているように描かれている。

これらの翻訳は、1968年に、教会による検閲を受けない学術出版物「Dialogue, a Journal of Mormon Thought」に掲載され、エジプト学者のほか、公式・準公式の教会歴史家の見解もとりあげられた。復元末日聖徒イエス・キリスト教会(注:モルモン教会からの分派)のリチャード・P・ハワードは、アブラハム書は「教会出版物」ではないという彼の教会の以前からの公式見解を確認し、アブラハム書が古代記録の翻訳であることについての信頼性が薄いことを述べ、むしろ優れた直観による後世の創作物であるとしている。しかし、ブリガム・ヤング大学のヒュー・ニブレイ教授は反論して、「今回発見されたパピルス文書に関する今までのすべての出版物は、モルモン教会にヒステリックに敵対する人々か、ジョセフ・スミスの功績に無知な人々によるものである。(注:教会に好意的な学者が鑑定していないので、公平ではないと言いたいようである)(中略)ジョセフが所有していたパピルス文書ではあるが、それらのすべてが発見されたという証拠はなく、一部の文書がアブラハム書とまったく関係がないものであったことがわかったというだけのことである」としている。

1968年には、ジョセフ・スミスによる「エジプト語のアルファベットと文法」と題する文書の写しが、反モルモン活動家として有名なジェラルド・タナーにより暴露され、出版された。この文書は教会歴史家にしかその存在を知られていなかったものであり、エジプト学者による翻訳と同様、ジョセフに翻訳能力がなかったことを白日の下にさらすこととなった。この文書を残してしまったことは、ジョセフにとって致命的なミスであった。その文書の中で、ジョセフは数多くのエジプト文字一つ一つについて意味を説明しており(注:もちろんデタラメである)、「パピルス文書では4行にも満たない部分が、アブラハム書の49節分、2千語以上分にも相当する」とまで書いている。「エジプト語のアルファベットと文法」は、学者によって翻訳された原本が、まさにジョセフの「翻訳」の原本であることを示しており、ニブレイ教授の反論には根拠がないことも明らかにしているのである。

原本であるパピルス文書が存在する「アブラハム書」は、ジョセフ・スミスが神の真の予言者であったかどうかの試金石となる物的証拠が存在するという意味で、ジョセフ以外に証人のいない「最初の示現」や、既に金版が存在しない「モルモン書」とは明らかに異なっている。私の知っている擁護論は二通りあり、「アブラハム書」は発見された原本とは異なる原本から翻訳されたのだとするものと、「アブラハム書」は、正確に言えば原本の「翻訳」ではなく、原本について熟考していたジョセフに与えられた「啓示」なのだ、とするものがある。しかし、「エジプト語のアルファベットと文法」という動かぬ証拠を踏まえれば、両論を支持することにはいかにも無理がある。健全な思考回路を持つ頭脳の持ち主であれば、事の正否は明らかである。


参考文献:"No Man Knows My History - The Life of Joseph Smith" 2nd Edition by Fawn M. Brodie


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