アブラハム書翻訳の経緯


1835年の夏に、マイケル・チャンドラーなる人物がジョセフ・スミスを訪れた。チャンドラー氏は4体のエジプトのミイラとパピルスの文書を所有しており、ジョセフ・スミスが古代語を翻訳することができると聞いてやって来たのである。かの有名なロゼッタ・ストーンによる古代エジプト語の翻訳の成功が発表されたのは1837年であり、1835年当時は翻訳できるものは誰もいなかったはずである。ジョセフはそのパピルス文書を調べ、それらがアブラハムとエジプトに売られたヨセフの手によって書かれたものであると発表し、当時の教会員は、何という巡り合わせかと主の導きを感じて驚き感動したのである。

教会はそのパピルス文書をチャンドラー氏から購入したが、ジョセフの母が6千ドルを出したという説と、何人かの教会員が費用を負担したという説(注:前者はジョセフの発言を聞いた者の証言、後者はジョセフの日記の記述)があり、事情ははっきりしない。当時、「予言者の塾」を主宰するなどしてヘブライ語やギリシャ語の学習に熱中していたジョセフは、霊感による翻訳を開始する前に、何とかエジプト語のアルファベットと文法を解明して翻訳しようとした。ジョセフの信奉者は、ジョセフにはパピルス文書の執筆者が誰であるかがわかるのに、内容を翻訳できないはずはないと考えていた。そうなれば、ジョセフとしては、霊感による翻訳をせざるを得なかったわけである。ジョセフは結局はエジプトに売られたヨセフによる記録を翻訳することができず、アブラハム書の翻訳をするだけに終わった。

1842年に出版されたアブラハム書には、地球の創造やイスラエル人の起源、また創世記の最初の2章にあたる内容が記されていた。既にモーセ書の執筆で創世記の新訳を著していたので、何とか表現を新鮮なものとする工夫をした。ヘブライ語の学習により、ヘブライ語の「神(エロヒム)」が複数形であることを知るようになったジョセフは、アブラハム書で神を複数形(Gods)で翻訳した。また、当時読んだばかりのトマス・ディックの「Philosophy of a Future Stateから得た、物質は永遠に存在するものであり、永遠に消滅しない、という知識を生かして、「神は地を創造された(God created the earth)」ではなく「神々は地を組織した(Gods organized the earth)」という表現を用いた。アブラハム書にみられる宇宙や天体の記述は、ディックの著作から影響を受けたことによるのである。また、アブラハム書では、黒人には神権が与えられないという教義を明示して後に物議をかもすこととなるが、ノアの息子の一人であるハムの血統が呪われたものであるという教義は、奴隷制度を正当化する根拠として、アメリカ南部諸州の聖職者がこぞって説いていたものである。(注:黒人と神権の問題については、別途論じたい)

さて、天使が持ち去ってしまったモルモン書の金版とは異なり、件のミイラとパピルス文書はカートランドとノーブーで展示された。ミイラとパピルス文書は長年の間、学者による研究が行われず、教会の公式歴史としては、ジョセフの死後、ウィリアム・スミス(注:ジョセフの弟)がウッド博物館に売却し、シカゴの大火事で焼失してしまったとされていた。原本が焼失してしまえば、翻訳の真偽は永遠の謎になっていたはずである。しかし、1967年になって、ユタ大学のアジズ・S・アティヤ(Aziz S. Atiya)教授は、シカゴ大火で焼失したと思われていたパピルスの原本をニューヨークのメトロポリタン美術館で発見した。アティヤ教授はそれがまさしくアブラハム書の図版であることを認め、1856年5月26日にエマ・スミスによりA・コーム氏に売却され、最終的には美術館に流れてきたものであると確認した。(注:エマ・スミスによる売却証明書が付属していた)この発見はモルモン教会の出版物により大々的に発表され、多くの末日聖徒達は、ジョセフが真の予言者であることが証明される物的証拠がついに発見されたと確信した。そしてその内容をエジプト学者が翻訳してみると・・・。(翻訳の内容はこちら


参考文献:"No Man Knows My History - The Life of Joseph Smith" 2nd Edition by Fawn M. Brodie


「アブラハム書」へ戻る

wpe2.jpg (1592 バイト)