モルモン指導者は素人集団


素人集団

薮内さん wrote:
>教会でこの報道は問題にされました。記事の末尾に「訴訟も辞さないと薮内
>さんは言っている」とあったからです。
>「人を憎むのは罪ですよ、兄弟。訴訟なんてとんでもない!」
> それなら私を憎むのもやめてくれと言いたいところですが、いずれにせよ
>杓子定規のことしかいえない連中です。

率直に怒りを感じます。確か教会では、訴訟に関わっていると神殿に入れないというようなことを聞いたことがあります。それが拡大解釈されたのでしょう。仲違いしている人と和解しないで捧げ物をすることはよろしくない、というような聖書の言葉が根拠になっているのだと思います。

>この事件の1年後、事情を知らないある帰還宣教師がその新聞記事を見まし
>た。「兄弟、訴訟はただちにやめなさい。夕べ、私は神にあなたのことを
>祈りました。神は私に『やめさせなさい』とおおせになったのです」

余計なお世話ですね。そもそもモルモンの教義では、薮内さんの個人的問題について、直接管理(嫌な言葉)する立場にもない人に「啓示」が下されることはないはずです。

私は伊勢支部で伝道していたことがあるから知っているのですが、三重地方部の教会運営は、指導者の知識・経験がひどく不足していて、当時22,3歳であった私の目からみても、ずいぶんやっていることが幼稚だな、と感じました。教義に対する理解も全く不十分です。これは他の地方部も同様なのかも知れません(注:地方部のレベルが上がると「ステーク」と呼ばれるようになる)。
ですから、薮内さんの経験によって、単純にモルモン教会の教義がおかしいと言うことはできないのですが、そのような人たちに教会運営を任さざるを得ないということに大きな問題があります。訓練された職業聖職者がいないことの欠点であり、拡大成長路線を強引に推し進めてきたことによる歪みです。スーパーを新規出店するのに、昨日雇ったばかりのアルバイト君を店長にするでしょうか?

職業聖職者だけが指導者としてふさわしいとは言いませんが、宗教は信者の人生に多大な影響を及ぼします。素人が指導的立場に召され、「啓示」を受けたと勘違いしておかしな言動を繰り返すとなると、見過ごしにできないほど危険です。

神の「唯一真」の教会という教義によれば、たとえ素人指導者の発言であっても、それは神からの啓示だという解釈がなされてしまうのです。モルモン教会の教義が抱える構造的問題です。「唯一真」教義がなければ、指導者が素人であっても、素人なのだから間違いもあるということで、当人自身は謙虚にもなれるし、信者も指導者の言葉を必要以上に真に受けて苦しまずに済みます。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/chat.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年3月7日<日>08時45分)


地方部長のこと

 モルモンの幹部って、三重県だけかもしれないけれど、妙に若い姉妹会員に関心を示す人が多かったんです。私が信仰熱心だったときは、そう思うのはサタンの計略だと思って罪の意識に苦しんだけれど、今思うと幹部の代わりに罪悪感を感じるんですから、ひどい話ですねぇ。
 具体的にいうと、若い姉妹にだけ自宅の電話番号を教えて電話をさせていた地方部長。この人は若い女性と話をするときは何かと個室で二人っきりになりたがってもいました。他にも若い姉妹だけ長い握手をする責任者もいましたよ。
 自分の娘のような歳となればかわいいというのもあるだろうけれど、私が思うに、若いころに異性とあまり接してこなかったんで、「指導者」の地位に立ったとき、満たせなかった思いを一気に・・という無意識な気持かもしれません。

 私は17歳のときに19歳の看護学生の姉妹と付きあっていたんです。彼女も地方部長に見初められて、いつもその電話をさせられていたんです。
 そこへ私たちの仲を知ったもんだから大変。彼女に「あの兄弟は霊的に問題があるから、すぐに別れなさい。これはみこころです」
 って、しきりにやってたらしいんです。彼女は別れる気がなかったんで、随分苦しんでいたようでした。
「まだ別れないのですか。あなたの霊が救われないんですよ」
 他の熱心な会員も、なにせ「地方部長」の言うことですから、同様に私を見下すか哀れむような態度になっていました。教会ないずらいですよ。これじゃ。
 それに対して私はどうしたと思います? 私も地方部長は聖任された人だと信じきっていたんで、謝ったんですよ。(もちろん、純潔の律法は守ってました。手をつないだら罪になると言われて、それすらやめてました)
 しかし二人の仲は依然、続いている。
 地方部長は「この姉妹は教会員歴10年の価値がある」と、急に言い出して、地方部扶助協会の副会長に抜擢したんです。このとき彼女はバプテスマを受けて半年しか経ってなかったと思います。支部の責任すらもらったことがない人がいきなり地方部長の側近です。そして彼と行動を共にさせられて、教会で私たちが顔を会わすことはできなくなりました。

 教会をやめたあとしばらく、この男が憎かったけれど、彼も数年後、後任の地方部長との不仲で教会をやめてしまい、「お仲間」になってしまいました。(あ〜)

 ちなみに彼女は本当に10年の価値はあったのか? それから2年ぐらいしてやめたと聞いています。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月9日<火>05時37分)


幹部と心理学

 カトリックのアシジの聖フランシスコは、自分の全財産を貧しい人に与え、自分は乞食のような生活をした人です。自分が罪人であるが故に、物乞いをして石を投げられても、みこころとして感謝の祈りを捧げたといいます。

 ど〜しようもない、地方部長の話をしたけれど、モルモンってのは、唯一真実の教義のために人を高慢に変えてしまうということなんでしょうね。だから悪いのは教義ということになります。ですから人につまずくというのもモルモンの思慮の浅い考えです。

 私はウツに悩んだ大学時代に実益をかねて、心理学の本を読みあさっていたんで、モルモンに一度復帰したときに、無意識に幹部連中を心理分析していました。
 そのころの支部長は、まだ責任をもらったばかりだったんでプレッシャーを感じていました。
「あんたも人間なんだし、経験も浅いんだから、周りも期待してるわけではありません。肩に妙な力を入れないで」
 人として扱われることに、彼はどういう反応を示すでしょう?
 そのときは何もなかったんだけれど、次の日曜日、目を合わした途端に、こう、なんというか、顔がビクッビクッと脈打つように引きつったんです。
 指導者として生身の人間に扱われるのは屈辱のようでした。
 それなら彼よりもっと偉くて経験もある地方部長を怒らせてみることにしました。どこまで彼が自制できるか確かめてみたかったんです。
 彼の名誉のために詳しくは書きませんが、結論として、幹部は聖霊の導きなんかでは少しも働いていない、心理学の法則でしか動かない「人間」であることが確かめられました。
 こういうやつらに、私は10代の頃、服従させられて病気にまでなったんですねぇ(このころは若かったんで、今なら、いくらモルモン幹部でも、そんなおもちゃにしませんが)
 これで、安心して教会を見限ることができました。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月10日<水>04時09分)


皆さん、おはよう御座います。

(この部分、省略)


●薮内さんへ
薮内さんの書いていらっしゃる内容を見ますと、大変真面目で几帳面な方と御見受け
されます。よって指導者の人間性が融通の利かないものであると、色々とプレッシャー
を御感じになったのでは、と御察しします。
もし本当に生身の人間として扱われるのに屈辱を感じたのであるならば、それはおかしい
ですよね。あなたは人間でしょ、と言いたくなります。
色々欠点があるけど、たとえ結果が芳しくはなくとも、その過程でいかに努力したかが
尊い訳で。
私の周りには上記のような指導者はいなかったです。私は恵まれていたんですね。
私は2つの教会に通っていました。2つ目のワードの監督さんは本当にいい人でしたよ。
相手の話しをきちんと聞いた上で、御自分の思いを話して下さり、その中でこれから
どうするのがベターなのかを話し合うようなスタンスでした。
態度も高飛車・高圧的なものではなく、温かな物腰でした。

でもこの方はもうそのワードの監督さんではないんですよねえ。
私が戻ろうか、戻るまいか迷っている理由の1つなんです。

PS.
監督さん、なんて言ったり・書いたりしたら怒られるのかな。親しみを込めて言って
るんですけど。薮内さんもそうだったのでしょ?

Name : 遥かなる山々の声 Time : (99年3月10日<水>09時53分)


裁判したかった

遥かなる山々の声さんへ
 
確かに、きちょうめんな性格ではありましたよねぇ。とくに10代の頃は。
親父が警察官で、10歳になるまでは駐在所が家でしたし。

しかし病気になったときに、私に法律の知識があったら絶対、病院で診断書をとってやりましたよ。これって立派な傷害罪になるんですよね。

B型肝炎は、心身症の本にあったけれど、ストレスを加えると炎症が強くなることが知られています。
18歳当時で、GPT(血液検査で、肝臓の炎症をみるもの。正常値3〜35)が500を越えると、食欲不振が起きて、800になると強い吐き気に変わっていました。
 吐き気が始まったのは秋以降で、これは地方部長とのことや、津に二つあった教会の合併問題(また日を改めて話しますね)でもめてた時期と一致します。
 肝臓は本来「沈黙の臓器」とかいって、滅多に症状が出ないんです。これで自覚症状が出る500以上は入院が必要です。毎日、点滴を打って寝なければならん状態で、やれ教会奉仕だとかでこづき回されてたんですよねぇ、あのときは。

Name : 薮内 Mail : xmormonx@anet.ne.jp Time : (99年3月11日<木>04時18分)


はるかなる山々の呼び声さんへ

お初にお目にかかります。私も元モルモン教徒です。

モルモンの監督以外の人でよい人がいるとのことですが、私も似た経験があります。

バプテスマを受けたばかりの彼はとてもいい人でした。食事会のときまだあまり話をしたことのない私に、私が遠慮するのをかまわず、シチューを持ってきてくれ、イスを持ってきてくれました。
でも、かれが監督になってからすこしずつ人がかわっていきました。いらいらしているのか、すぐに教会員に注意をするんです。下でいたころはあんなに明るい人だったのにぃ。

かれはモルモンの幹部としてふるまっているうちにモルモンの教義に模範的となって、きっと人格そのものが変化してしまったのでしょう。

私だけの経験かと思ったら、この啓示板に登場している「悪いモルモン」は圧倒的に指導者が多いですね。これで私も確信しました。命をかけていもいいです。これは悪い人が指導者になるのではなく、モルモンの教義に欠陥があるから、いい人でも悪い人になってしまうのだと思います。

Name : 飯島 Time : (99年3月13日<土>04時54分)


飯島さん。はじめまして。

>これは悪い人が指導者になるのではなく、
>モルモンの教義に欠陥があるから、
>いい人でも悪い人になってしまうのだと思います。

自分が教会を辞めさせる決心をさせた元監督も、
監督になる前は、良い人みたいでした。

彼が監督になったとたんに、20歳代の若い男性に対して、
人の心が傷つくようなひどい暴言を吐くようになったと思います。
自分の場合は「あなたは絶対に結婚できない。」ような事を
言われて、大泣きした事がありました。

それ以来から、自分の心の中に背教の種がまかれたと思います。

監督の責任は、かなり大変で精神的に大きな負担がかかると思います。

これから作成する予定のエンダウメントHPの中心的テーマと
して載せますけど、モルモン教の神殿内の教えでは、
「隣人愛」など一切教えていません。

それよりも「モルモン教に対して絶対服従」を誓約され
「モルモン教に多く貢献する人だけが神々になる」
と神殿内で教えられています。

そのような教えが、魂の無い信仰(?信仰といえない!)
なると思います。そのような意味で、神殿に入る事により
考え方が変わってしまうと思います。

キリスト教は「イエスキリストの購いと隣人愛」を説いていますが、
モルモン教は「モルモン教会の組織に対して
絶対服従と盲信のみがが、ただ唯一の救い道」だと説いています。


http://member.nifty.ne.jp/4koma/mormon/tempel/

Name : ぽめ Time : (99年3月13日<土>06時44分)


Re:はるかなる山々の呼び声さんへ

飯島さんWrote
>モルモンの監督以外の人でよい人がいるとのことですが、私も似た
>経験があります。
いえ、私が2つ目に通った教会の”監督さん”が良い方だったので
す。少なくとも私が傷つけられることを言われたことはなかったです
し、回りの方々からもそういうことに対する苦情を聞いたことはあり
ませんでした。(監督さん以外の普通会員の方々の中にも勿論良い人
はいました。)
私自身、傷つけられた経験はないのですが、中には視野の狭くて、思
いやりのない指導者がおられるのですね。飯島さんの話では指導者に
なってから変わってしまった方がおられるようですが、その優しさを
捨てる必要はないように思うのですが。
その方に何故そのような大切なものを無くしてしまったのか、聞いて
みたいですね。

Name : 遥かなる山々の声 Time : (99年3月14日<日>07時06分)


遥かなる山々の声さんへ

 私の2番目に出会った地方部長もいい人でした。そこで彼を怒らせるような手紙を書いてみたんです。激昂されて以後、険悪な関係が続きました。彼のいやな面が一気に吹き出したという感じでした。その人のことを思い出します。
 
 その監督さんはストレスに耐え自分を維持できる人格者であるとお見受けしますが、問題はそれが聖霊の働きによるものなのか、その人の資質なのかということです。聖霊の働きならばどうして、私の会った幹部はみなああだったのか、ということでしょう。

 それに比べ、カトリック、プロテスタントの方はみな尊敬できる人たちばかりでした。

 ただ、人あたりのよさだけで教会の真実性を吟味することはできません。あくまでも、総合的判断の一つとしてとらえるべきでしょう。私はあなたの監督さんが人格者であるからといって、モルモン教を唯一真実の証明になるとは考えません。ごめんなさい。

Name : 薮内 Time : (99年3月15日<月>05時14分)


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