真の神の教会でなくてよかった


真の神の教会でなくてよかった

こんにちは。私はとある田舎の支部に集っていた元教会員です。教会には5年間活発に集い続けていましたけど、2年前より集うのが馬鹿馬鹿しくなったのでやめました。

私は伝道主任に召されていて、そこそこに責任は果たしていましたけど、新しく召された支部長(自分より年が3歳若く、2世で、伝道経験あり。エリート意識強し。)が、私のやり方が気に入らないようで、しょっちゅう指導を受けていました。私以外の指導的立場にある兄弟姉妹も、支部長から細かいことでよく指導を受けていました。彼はすごく神経質な人物で、彼の事をよく思っている会員はいないと思います。

毎週火曜日の夜におこなわれる神権役員会も、夜の9時にスタートして、夜中の12時過ぎまでおこなわれている有様で、正直言って苦痛でしかありません。支部長は神権役員が自分の思いどうりに動かないと納得しない人物だから、神権役員会で誰かが支部長と異なる意見を言ったりすると大変です。支部長の意志に従うまで、延々と話しは続きます。
こんなことが毎週続いたりで、みんなウンザリしていました。あるときなんかは夜中の2時半まで続いたこともあったぐらいです。

支部長のもとでは、自由意志なんていうものは持っていても意味がないばかりか、行使するとかえって目をつけられます。あるとき私は支部長に文句を言ったことがあって、文句というか、せめて神権役員会だけでも11時には終わらせてもらえないかと言ったんです。しかし彼から帰ってきた答えは、「夜中まで行なうのも神様のみこころです。支部長は神様から召されているので、従えないことは罪を犯す事になりますよ。」なんてことを冷たく言われました。もともと温かみのない人物だったけど、そんな風に言われてガッカリです。

それまでは永遠の生命のために頑張ってきたけど、張り詰めていた糸が切れてしまって熱意が冷めました。その頃から教会をお休みがちになり、その後2年間はお休みです。お休みしている最中も、他の教会員が訪問したり、電話や手紙を送ってくれたりしたけど、支部長からは一度もそんな事はありません。きっと邪魔者が消えて清々しているのだと思います。

2年間お休みしていても、心の中ではこのまま死んだら地獄へ行ってしまうんだろうな、なんて恐れの気持ちを持って過ごしてきました。しかし、聖徒の未知を見つけてショックだった反面、すごく安心しました。
この教会が悪魔の教会であることを知って、騙されていたことに憤りを感じ、逆に教会という束縛から開放されて、やっと自由になれたといった感じです。

教会の人に言わせると、あなたは組織でなくて、人間につまづいた等と言われるけど、この教会の教えで人が成長しているとは思えません。支部長なんかは特にそうだと思います。ステーク大会なんかで大きな教会へ行くほど、未熟な人が多いように思えます。格好だけ立派に着飾って、中身は未熟という人が多いですね。特に帰還宣教師なんかは。

私は証します。モルモン教会に集っていても人間的に成長できないばかりか、かえって独裁的でヒステリックで高慢な人間になってしまうことを。アーメン。

Name : 佐々木 Time : (99年3月4日<木>16時16分)


一人のモルモン教徒より

はじめまして。私はモルモン教徒の男性です。最近パソコンを買いインターネットをはじめたので、最近噂で聞いた反モルモン活動のHPを覗いてみることにしました。皆さん相当モルモンに対して反感をお持ちのようですね。特に元教会員という方の文は、その心に負わせられた傷を僕も痛いほど感じさせらるものです。僕も教会内の人間関係でかなり傷ついた事があるのでよく分かります。ただ僕は今でも教会を離れてはいません。その事を単純に人間の問題として捉えたからです。もちろんこれは教会を離れた方を非難するものではありません。飽くまでも参考意見としてご理解頂きたい。また僕は別に教会を代表するものではないので、教会が背負う矛盾などの事に関して議論をぶつけられて、それに対する僕の回答をモルモンの共通の認識と思われても困ります。僕は確かにモルモンですが僕は僕であって、他の教会員の雛型となるわけではないですから。
 今回は特に教義の解釈などについてご意見差し上げることはありません。ただ一つ分かっていただきたいのは、仮に教会を去られた方や、また近しい方で教会を去られた方がいたとして、教会に対して憎しみや怒りをお持ちだとしても、それが全てではないことを知っていただきたいと思います。先ほども申し上げた通り僕自身酷く傷つけられたことがあり、また今僕のごく親しい会員が信頼していた同じワードの会員から裏切りにも等しい扱いを受けて傷ついています。しかし、それらは純粋に人の問題であると僕もその人も考えています。そのことが何を示すのかをもし時間が有ったとき考えてみてはいただけないでしょうか?
 また教義的な事に関しては、それは解釈の問題なので特に異論を挟むつもりはありません。皆さんが信ずるところの考え方で良いと思います。そしてこれらの僕の意見をお読みになり、僕が果たして教義ならぬ狭義にのめりこんだ異常なカルト教信者であるかどうかお考え下さい。
 最後に。薮内さんがごらんになった「LDS Friends」は私も見てみました。正直に言って私もあれはちょっとナーバス過ぎるのではと思いました。しかし改めて申し上げると、彼は彼であって他の誰でもありません。ではまた。

Name : virgo Mail : virgo@df.mbn.or.jp Time : (99年3月5日<金>01時48分)


佐々木さんへ

 毎度、私ばかり登場して申し訳ありません。(^^;)
 佐々木さんのお気持よくわかります。
「夜中まで行なうのも神様のみこころです」
 モルモンの幹部って、自分の考えと御心を混同してしまうんですよね。祈るとき、自分の心に感じたことが聖霊の導きであるなんて、よく言うもの。
 その点、牧師や神父の話を聞くと「私はこう思うけれどね」とか「心理学的にはこうなるよ」とか、ちゃんと御心と区別して自己主張しているんです。
 幹部を通して御心を聞いてるようじゃ、へんですよね。だいたいモルモンに牧師・神父をおかないのは、神と直接対話するためでしょう。矛盾しているとは思わないんでしょうか・・。
 以前、私が話した「モルモンを熱心に続けられる人ほど、あんまりものごとを深く考えない」というのは、そうした矛盾に気付かずにいられるからだと思うんです。 

 佐々木さんの後に私がまた登場したんではと思って、誰か書き込まれるのを待っていたんですが、誰もいないんで私がお返事しました。ごめんね。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月5日<金>01時54分)


Virgoさんへ

 佐々木さんの直後に入れたつもりがいつのまにか、Virgoさんが入っておられましたので、書き込まさせていただきます。というより、そうせずにはいられないメッセージでしたので。

 Virgoさんが、人それぞれであり、私は私、彼は彼というのなら、私たちモルモンを離れた人もそれぞれ理由があり、ひとからげに人間関係でつまずいたと判断されるのは片手落ちではないかと思います。
 さらに申し上げれば、私が仮にモルモンの人間関係で傷ついて、カトリックに入ったとしましょう。しかしカトリックとてそうした人間関係の問題はあります。モルモンで傷つくならカトリックだって傷つきます。そうしたヤワな人間がどうして他の教会で生き生きと信仰生活を送れるのでしょうか。その原因をあなた自信の頭で考えて下さい。
 
 モルモンでは他の世界はもっとひどいと教えられているから、いやなことがあってもとどまろうとします。一度、他の教会の人が書いた本を読んでみて下さい。モルモンで教えられたような姿が見えるでしょうか。
「エキュメニズム」を知っていますか? 全浸式のバプテスマはプロテスタントの半分の宗派が取り入れていることを知っていますか? 聖餐式で「飲む」祝福に授かるのは本当にモルモンだけですか? 私はモルモン時代にそうした、うそばかりを教えられてきたんです。それでも私は人間関係でつまずいたのでしょうか?

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月5日<金>03時33分)


RE.真の神の教会でなくてよかった

>しかし彼から帰ってきた答えは、「夜中まで行なうのも神様のみこころです。支部長は神様から召されているので、従えないことは罪を犯す事になりますよ。」

そんなヤツには、
「ショ〜コ〜、ショコ、ショコ、ショ〜コ〜、ア〜サ〜ハ〜
ラ〜ショ〜コ〜!」と歌ってやりましょう。

でも、悲しい事実ですね。

Name : 慶喜 Mail : odn-yossy@pop16.odn.ne.jp Time : (99年3月5日<金>08時50分)


「唯一真」再び 1

佐々木さん、Virgoさん、薮内さん、書き込みありがとうございます。

モルモン教会の中で人が傷つく原因は、個人の問題なのか、教会自体の構造的問題なのかということについては、何度も議論が繰り返されていますね。恐らくどちらかに100%問題があるのではないと考えるのが、常識的で穏当な結論ではないかと思います。その比率がどうなっているか、ということを解き明かしていくことが建設的な議論につながると思うのですが、モルモン教会が神の唯一真の教会であるという教義に立つと、教会側は100%シロ(構造的な問題は全くない!)、という結論になってしまいます。いくらなんでもそれはおかしいでしょ、とは思いませんか?

Virgoさんがモルモン教会員を代表しているのではないのと同様に、ここに書き込まれる元教会員も、それぞれが元教会員を代表しているわけでもないでしょうね。私自身のことを言えば、18年間の教会員生活で不活発になったことは一度もなく、人間関係の問題は多少あったにしても、そのことで教会に行きたくないと思ったことも一度もありませんでした。私が教会に対する信仰を失ったのは、教義の根拠となる歴史的事実とされていたものが全くの偽りであることが検証できたからです。しかし、当HPの「ようこそ」ページに書いてあるように、そのことだけで教会を批判するつもりはありませんでした。「鰯の頭も信心から」というように、教会員を確実に幸福にするのであれば、それでもかまわないではないか、と考えました。ところが教会員生活を振り返ってみると、さまざまな人間関係やら何やらで心に傷を負い、教会を離れていく人をたくさん見てきたことを思い起こしました。教会員時代は、それは個人の問題であって教会の問題ではない、と、Virgoさんと同じような理解をしていましたが、なぜ人が傷つくのかについて深く考えてみると、「唯一真の教会」という教義そのものが原因となっている、という理解に至りました。なぜそのような理解に至るのかということについて、まだまだ私の説明は不足していると思いますが、みなさんもご自身で考えてみていただければと思います。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/youkoso.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年3月5日<金>09時04分)


「唯一真」再び 2

「唯一真」教義の抱える問題の一つの側面として言えることは、それは「人に優しくない」ということです。指導者が居丈高になって会員を傷つけるのは、自分は神から召されていると誤解していることに、一つの要因があるでしょう。それによって教会を離れる人がいるとしても、人の思いに惑わされてサタンの罠にはまった、という解釈がなされてしまいます。つまり、教会を離れる側に責任がある、という結論になるのです。その指導者に問題があったとしても、完璧な指導者など存在しないのだ、という理屈で、まぁ、これから気をつけましょうね、ということで済まされます。しかも、それを指摘することができるのは、その指導者の上の指導者だけです。指導者への絶対服従を原則とするため、下から指導者の問題を指摘することはできないのです。
要するに、モルモン教会は「唯一真」の教会なのだから、教会を離れる者が絶対的に悪い、ということなのです。これでは、この商品が売れないのは消費者がバカだからだ、という殿様商売と同じです。「唯一真」ということへの「甘え」があるため、「人に優しい」教会になれないのです。
もし「唯一真」の教義を放棄したなら、どうなるでしょうか。教義的に他のキリスト教会とさほど変わらないとなれば、指導者はもっと教会員に親切に接するようになり、傷つく人も減るのではないかと思います。なぜなら、そのことによってしか、他の教会と「差別化」できなくなるからです。そして、もっとプログラムを充実することや、会員のこの世での幸福ということに、目が向いて行くことでしょう。
まぁ、いろいろと人間(個人)の問題はあるけど、「唯一真」の教会なんだから、とりあえずいいんじゃないの?という「甘え」がある限り、同じ悲劇がいつまでも繰り返されることでしょう。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/youkoso.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年3月5日<金>09時05分)


末日聖徒のいろいろ度

末日聖徒には寛容な側面がつよく、
それは末日聖徒でさえあればなんでもよいということだと思います。

その一つの例があたしの改宗談にもあるように、やたら改宗を急ぐ事。
これはその人が相応しいとか相応しくないのと関係なく、末日聖徒になりさえあればよい
という好事例だと思います。

末日聖徒でさえあれば、あとはお休み会員だろうが、純潔の律法をやぶって不倫しようが、なんであろうが、
実はかまわないという側面が確かにあります。
そのため、実にいろいろな人がいることは認めます。

ただし、教会批判だけは決して認めません(^-^;)。

一方、末日聖徒には不寛容な側面があり、それは、教会のいうとおり以外は認めないという事です。
あらゆる、生き方も個人で勝手にやるのは認めるが、教会が決めた生き方以外に教会員にすすめる事は否定します。
そこには、神は教会を導いているのだからという絶対的な側面があります。

結局これは、一つにその人の行いで救われるというよりは、儀式によって救われるという儀式中心主義的思想があると思います。
そして、個人が何をおもおうが、教会の運営は決して個人の言い分は無視するようになっているわけですね。
ああ、何いっているんだオレ?(^-^;)わけわからなくなったけど、
Virgoさんのいいたい事はよくわかるのだけど、だから末日聖徒がカルトではないといえないということをいいたいのです。
自分がしっかりしていれば、カルトの中であってもカルトに染まらないという事であって、
しかし、そもそも自分がしっかりしていないから(^-^;)教会にいくわけで、そこになんか矛盾が生じちゃうと思います。
難しいのですが、厳密には、教会は、他の教会が浸礼をやっていないとは教えているのではなく、あくまで教会員個人がそう思っているという
だけだというでしょうし、あたしのバプテスマも教会がそうしたのではなく、その宣教師個人がやった事だとするでしょう。
しかし、各人が何故そういう行動をとったかには、明らかに教会の思想的影響があるわけで、
思想的影響っていうのは、無視する人にとってはなんでもないけど、重視する人にとっては絶対なものになるっていう
実にややこしいモノなわけです。
Virgoさんのいいぶんは、むかしのあたしの言い分と同じなんですけど、むしろもっと深く考えて欲しいと思います。
もちろん、あたしも深く考えますが、そちらも深く考えて下さい。
やっぱりモルモン教会ってカルトだと思いますよ。
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年3月5日<金>09時50分)


えぇ〜〜っ!! 本当ですか!?

やっくんさんWrote
>末日聖徒でさえあれば、あとはお休み会員だろうが、純潔の律法を
>やぶって不倫しようが、なんであろうが、実はかまわないという
>側面が確かにあります。
これ、本当にあることなのでしょうか?
どんな宗教でも認められないことだと思っているのですが。
まあ、教義としてはNGなのは当然としても、個々の人間は弱いので
そういうことも有り得るということなのでしょうが。
やはりこれは、モルモンに限らず、然るべく人に告白して悔い改めなけ
ればならないのでしょうね。

不倫は文化だ、などと言う俳優がいたり、不倫することがトレンドのよ
うに扱っている(いた)TV文化に辟易しているFreedomでした。

Name : Freedom Time : (99年3月5日<金>10時58分)


えぇ〜〜っ!! 本当ですか!?(Part2)

オーナーさんWrote
>指導者への絶対服従を原則とするため、下から指導者の問題を指摘す
>ることはできないのです。
これって考えもんですね。究極的には共産主義や全体主義に通じるもの
があるように思えます。
ピラミッドの頂点が神のように人知を超越した方であれば、その社会は
良い方向に向かうと思いますが、人間では良い状態を継続することはま
あ無理でしょうね。
自分に当てはめて考えた場合、何か決断しなければならない時に、最後
の決断は誰かがせねばならなくとも、そこまでの過程で話し合う場なり
機会がないと嫌ですね。
盲目的に従うことは出来ないですよ。

イエス・キリストという御方がもし本当に存在するとした場合に、言う
ことの聞かない、あるいは理解出来ない人たちに対して、どういう態度
を取るのでしょうか? 有無を言わさず、お前たちは悪いものだ、と
一喝するのでしょうか? 本当に悪い者にはそうすると思うのですが、
そうではない人に対して諭されることはないのでしょうか?

こういったことは様々な宗教で、膨大な数が為されてきたのでしょうけ
ど、相手を気遣うことや思いやりというものは良しとしないのでしょう
か?
たとえ神様の御導きで、ある結論に至ったとしても、まだまだ指導者と
はいえ一介の人間である訳ですし、そこで一歩翻り、相手を思いやるこ
とも必要なのではないかと思うのですが如何でしょう?
それこそ傲慢さと紙一重のような気が致します。
でもモルモンの中にも強さと優しさを兼ね備えた指導者もいるのではな
いですか?

Name : Freedom Time : (99年3月5日<金>11時45分)


本当かといわれると…(^-^;)

> >末日聖徒でさえあれば、あとはお休み会員だろうが、純潔の律法を
> >やぶって不倫しようが、なんであろうが、実はかまわないという
> >側面が確かにあります。
> これ、本当にあることなのでしょうか?
> どんな宗教でも認められないことだと思っているのですが。
> まあ、教義としてはNGなのは当然としても、個々の人間は弱いので
> そういうことも有り得るということなのでしょうが。

もちろん、教義的にはNGですし、表面的にはダメだんですが、
現実の運用を見ると、関係ないみたいだなぁって思います。
たとえば、不倫で有名な某女優さんなども、
なんか曖昧のうちに(相手側は認めているのにね)
本来もっとも神聖な場所だという神殿で結婚されていますし。

これ解釈がむずいのですが、
罪人のために教会はあるのだ。って事なんですけど、
戒めが守れないから、それを自覚して謙遜になるという側面はあまり見ませんし、
積極的に戒めを守る意志がないのなら、なんでそもそも末日聖徒にしたのかい?って気持ちになりますが
末日聖徒であればいつか戒めまもれるようになるから…みたいな事いうし、
その結果、宣教師とあって、二日目の子供にいきなりバプテスマを施して有効としたりしていますし、
結論からいうと、
やっぱり、末日聖徒でさえあれば、あとはなんでもいいのか?って感じになっちゃいますね。
なんせ煙草すっちゃいけない事になっているのに、
煙草すっている人をいきなり支部長とか監督に召しちゃうわけで、
それをまた「神様は彼を愛していますから。」っていう理由で処理しちゃうというか、
有無をいわせないというか、
綺麗ないいかたなら人の心を信じているというけど、結局押し付けているってだけって気がするわけですね。
だから、戒めなんて守っても守らないでもかまわん。ただ末日聖徒でさえあれば。って印象がだんだん浮かび上がってきます。
それを明確にしないから、純粋な人は戒めを真面目に守ろうとして、出来なくておちこむ一方。
不真面目な人は、適当にやりながら教会の美味しいところをかじるわけですね。
どっちも末日聖徒なんですけど…。
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年3月5日<金>11時47分)


佐々木さんへ。教会の責任について。

>新しく召された支部長
>自分より年が3歳若く、
>2世で、伝道経験あり。エリート意識強し。)
>が、私のやり方が気に入らな
>いようで、しょっちゅう指導を受けていました。

自分も同じような経験をしました。
一つはサマーカンファレンス(大規模なキャンプみたいな物)
の実行委員をしていた時に、独身成人の代表は、
(私より歳下で、信仰歴が新しい人)
いつも、やることなすこと、すべて
ケチ付けていました。重箱の隅をつつくような事をしていました。
徹底的に私を支配をしようとしていましたので、
自分で考えた事は何一つ出来ませんでした。
彼とは、ちょっとした事で口けんかをしました。

それで、実行委員会の時は日曜日は夜9時まで話し合いをしていたし、
ほとんどが指導者の否定的な意見ばかりで、とても不愉快な
気持ちを感じました。その否定的な意見ばかりいう指導者は
町田ステークの副ステーク(教区みたいな物)部長になりました。

話し合いの時は、時々、彼に対して怒鳴り付けたくなりましたが、
ぐっと我慢していたために、ストレスを溜め体調を崩し、
それ以来、会社を休みがちになりました。

今でもそうなんですよ。(^^;)病院に通っています。


日曜学校の教師をしていた時にも、
同じような事をしていた人がいました。
みたまによって教えると言うよりも、
自分を怒りの感情を押さえる事だけで精一杯で、
とても良い気持ちで日曜学校の授業する
ことができませんでした。

それを見た良心的教会員は、これには問題あると言っていました。
監督も、その事について聖餐会(礼拝の時間)に、
「一生懸命に責任をしている人には、口出ししないように。」と
言う事を、モルモンの教会員の知人から、つい最近聞きました。

元監督も、かなりひどい物でした。
これは、以前に書き込みをしたました。
「私が最後に国立ワードに行った日」と言う内容の書き込みです。
2月14日あたりの掲示板ログを見れば解ると思います。

元監督と口喧嘩をして、非常に強い憤りを感じて
家に帰った時にガーメントをカッターでずたずたにしました。
モルモン書などの書物は、ボコボコに叩いてバラバラにして、
CD・ビデオを打ち叩き、全てのモルモン関係の物は捨てました。

彼に関しては強い殺意さえ感じますね。
これ以上、モルモン教会に通い続けたら、
精神を破壊されて、今頃は精神病院か
刑務所に入っていたと思います。

U−Siメーリングリストで同じ事を書き込んだと思います。
重複してしまいました。



http://member.nifty.ne.jp/4koma/mormon/tempel/

Name : ぽめ Time : (99年3月6日<土>00時43分)


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