宗教に対してとるべき姿勢


もっと自由を・・・

ボンド君wrote:
>この事ですが、私はどこの教会に集っても言いと思っています。
>但し、信仰心を強めるところに行くべきです。それと、道具として
>使えるところです。私は、ここがいまのところ良さそうなので、こ
>こにいるだけです。ただ、それだけです。

私はこの姿勢に共感します。私は人間が宗教に対してとるべき姿勢というのはこうあるべきだと思っているのです。今までずっと、そのように主張して来たつもりなのですが、どうもわかっていただけていないようです。

モルモン教会がボンド君の信仰心を強めたのだとすれば、それは結構なことです。でも、そうでない人もいます。私の教会でのさまざまな経験から言えることは、モルモン教会に合う人と合わない人がいるということです。教義的に合わない人もいれば、そのワードの雰囲気や指導者や教会員に合わないという人もいるでしょう。それは、ごく当然なことだと思いますし、合わなければ、教会を辞めてもいいし、他の宗教に行ってもいいし、ワードを移ってもいいはずです。(ワードを移るのは比較的容易でしょうが、一部の指導者は、それをダメだと言っている方もいるようですね。それに批判的な活発教会員もたくさんいらっしゃいますね。)

モルモン教徒の書いた本「7つの習慣」p.159には、宗教は「神と人間を会わせるひとつの手段だという位置づけがより適切だろう」と書いてあります。まったくその通りだと思います。ある一つの宗教に入信して、神と会う手段(ボンド君に言わせれば「道具」)として、どうも自分には合わないとなれば、別の宗教を探してもよいはずです。

ところが、モルモン教会は自らを「唯一真の教会」と称しているため、自分には合わない、と思いながらも他の選択肢を選ぶことができないようにしているのです。つまり、自分には合わない、と思いながら、ここにしか救いの道はないのだから、と無理矢理自分を納得させなければならなくなってしまうわけです。これがモルモン教問題の根源であり、構造的問題なのです。

そして、本当に「唯一真の教会」なのかということについて、その主張の根拠となる歴史的事実を一つ一つ検証していくと、全くの偽りだということが明白なわけです。私はそれを知った者の責任として、モルモン教会は「唯一真の教会」ではないこと、だから、モルモン教会に合わないのなら、無理して信じ続ける必要はないのですよ、ということをお伝えすべく、このHPを運営しているのです。ですから、モルモン教会が肌に合う、ずっとこの教会に集い続けるつもりだという人には、入らないで下さい、と警告をしているのです。せっかくここに書き込んで下さっている勇気ある(?)活発教会員の方々には誠に失礼ですが、あなた方はこのHPの本来のターゲットではないのです。

そういうわけで、私は、「唯一真の」という看板を掲げた宗教は、すべてアブナイと思っています。私の知り合いのプロテスタントのクリスチャンが通っている教会では、そもそもそのような概念が存在しないそうです。結局、教会は神に出会うための手段なのですから、手段として有効かどうかが重要なのであって、教会が真実かどうかということを云々することすらナンセンスなことなのだそうです。

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年2月18日<木>00時33分)


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