宗教の選択と「唯一真」


宗教、信仰とは?(今日的視点)

さて、沼野です。ここではm教会について手厳しい内容で満ちて
いますが、一つの現代的な視点を紹介させて下さい。

ある評論(タイム誌、1998/8/3) のタイトルに「コーヒーです
か、お茶(tea)ですか、それとも神(He)ですか」とあり、副題に
宗教はかつては信念(確信 conviction)であったが、今は好み
(taste) である、とありました。あるユダヤ人の評論家の文章で
した。要するに現代にあって、多くの一般の人にとって宗教は嗜
好品を選ぶように、宗教を宗派を選ぶ時代になっているようだ、
という観察です。

ある意味で当たっていると思いました。価値観が近いものを感じ
て宗教に所属しているという訳です。あるいは、ここでも出まし
たが、タイプと言うか服として合っていると思う人が留まり、合
わないと感じる人は、出ていく、脱ぎ去る、という見方です。遠
藤周作がやはり同じ例えを出していました。

やっくんの言うそりが合う、合わない、もそうだと思います。

矛盾や誤謬があるのにどうしてm教にユタの米国人は留まる
のか、それは上のような時流もあるのではないかと見ています。

そのような側面もあるとすれば、m教の欺瞞を暴くとか、地上
から消え去るべきである、と言うような激しい議論に疑問を感
じざるを得ません。


http://www.hikari.com/MF/mormonforum.html

Name : 沼野治郎(An observer) Mail : numano@tokuyama-u.ac.jp Time : (99年2月21日<日>19時50分)


活発教会員のみなさまへのご提案

昼あんどんさん wrote:
>つまり、森さんの問いかけに対する答えは、
>
>教会が唯一真であるかどうかと問われれば、しかりその通り、
>と答えますが。。。現在の自分に限ってという制限付きです。
>
>そう信ずる根拠はと問われれば、自身を顧みて信仰を学んだ事、
>信仰に沿う生活を見出した事、みたまの賜物を受けている事、
>同じ信仰を教会員と分かち合っているなどをあげます。
>
>なぜ唯一真といえるかと言えば、信仰上での告白に類するという事で、
>科学的な結論とは異なっても、それを支持すると言うことです。

まさに、わが意を得たり、という感じです。

私が言っているのは、モルモン教会が自らを「唯一真の教会」であると主張することをやめるべき(聖徒の未知−公式の宣言)だということですが、「信じる者にとっては唯一真の教会」とするならば、受け入れます。
私が教会を批判しているのは、モルモン教会が自らを「世の中の万人にとって唯一真の教会であり、誰であっても(例えばマザー・テレサのような人であっても)その教えに従わない者は永遠の生命を受けることができない」と主張しているからです。

両者の違いは非常に大きいです。でも、モルモン教会が前者を受けいれることは、不可能ではないと思います。活発教会員のみなさん、どうでしょうか? 中には私の意見に賛同される方々もいるのではないでしょうか? 私は教会を離れた身で、教会に外側から(微々たる?)圧力をかけていますが、教会の内側にいるみなさんも、モルモン教会が世の中に本当に受け入れられるように主張を変えていくべく活動することはできませんか? そうすれば、モルモン対反モルモンの対立や不毛な議論も収まり、教会で理不尽に傷つく人たちも減り、教会の抱える歴史上の問題点や矛盾に悩むこともなくなり、堂々と自分の信仰の道を歩んでいくことができるようになるんですよ!

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/sengen.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年2月21日<日>20時05分)


アイデア募集!

沼野治郎(An observer)さん wrote:
>あるいは、ここでも出まし
>たが、タイプと言うか服として合っていると思う人が留まり、合
>わないと感じる人は、出ていく、脱ぎ去る、という見方です。

ありがたいご意見です。

>そのような側面もあるとすれば、m教の欺瞞を暴くとか、地上
>から消え去るべきである、と言うような激しい議論に疑問を感
>じざるを得ません。

表面的に見ればおっしゃる通りなのですが、モルモン教(m教)は、そうでも(厳しい批判でも)しなければ主張を変えようとはしないだろう、という計算があります。方法論の問題ですね。どなたでも結構ですが、こうすればモルモン教会も変わるよ、というご提案があればありがたいです。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/sengen.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年2月21日<日>20時29分)


RE:宗教、信仰とは?(今日的視点)

RE:宗教、信仰とは?(今日的視点)

すこし違うかなと思います。

>ある意味で当たっていると思いました。価値観が近いものを感じ
>て宗教に所属しているという訳です。あるいは、ここでも出まし
>たが、タイプと言うか服として合っていると思う人が留まり、合
>わないと感じる人は、出ていく、脱ぎ去る、という見方です。遠
>藤周作がやはり同じ例えを出していました。
ここでは「人が宗教を選択する」という前提があるようにおもいます。しかし、信仰とはそうした人間主体のものなのでしょうか?「これが、わたしの成長にふさわしい宗教だから信仰する」→?そんなものでしょうか?
違うと思います。

タイム誌の内容を知らないのでもう少し詳しいところが知りたいところですが、宗教が信念から好みになったということはアメリカにおける宗教の限界(あるいは堕落)をいってるのではないでしょうか?
つまり、「宗教」として「人が信仰を加工しすぎた」結果ではないのでしょうか?
先にカルチャーセンターの話がうさじーさんから出ておりましたが、教会がカルチャーセンター化した事から「あれがあわなければこれ」といった考えがでるのではないでしょうか?
しかし、教会や宗教がそうであっても「信仰」は依然としてそうではないと思います。それはキリスト教で言えば「イエスはキリストであり、わたしの罪のために十字架にかかられた」という単純なことなのです。そしてそれが変わらないからこそ「真理」なのではないでしょうか?
ユタの米国人がモルモンでいつづけるという事にこの信仰の認識があるのでしょうか?これも疑問です。日本の仏教と同じではないのでしょうか?宗教と教会はあってもそこには信仰はないのではないでしょうか?
モルモンが非難されるのはこの「宗教・教会」が「信仰」の必須のものむしろ信仰以上に位置付ける点にあります。それはカルト宗教に共通する事です。

http://www3.osk.3web.ne.jp/~hidekio/

Name : るう Mail : hidekio@osk3.3web.ne.jp Time : (99年2月21日<日>21時03分)


森オーナーへ

> さぁ、伊藤さん、もう一度お尋ねします。モルモン教会は、この世
> で唯一真の教会なのですか? そうでないのですか? どっちなんで
> すか??

昼あんどんさんが言ってくれた事と同じことですが、今使っている道具が「唯一真の教会」と、思って使っている人には「唯一真の教会」であり、そうでない人にはそうではありません。何度も言っていいかげん疲れていますが、私の主張は道具が中心ではなく、それを使う人間が中心であるということです。この事をご理解願いたいのです。要するに私が言いたいことは、イエスが当時のイスラエル人に安息日などの忠告をしたのとにています。当時のイスラエル人は律法中心でした。律法はイスラエル人を救う道具でしたが、その道具が中心になってしまったために、本来の目的である救いから遠ざかってしまいました。それを指摘したのが、イエス・キリストです。道具中心的な考え方を止めるように言っていたと思うのです。即ちあなたは「唯一真の教会」と言う言葉に固執しているところを見ると当時のイスラエル人と同じ道具中心主義の考えを持っている可能性が高いです。ですからあなたは、イエスをキリストと認められない可能性が高いのではないですか?即ち、「唯一真の教会」と言う言葉はその人が道具として教会を使いこなしているかどうかを判断する言葉とも、考えられます。だから、道具として使えてない人はこの言葉につまずくのです。でも、教会は人をつまずかせるためにこの言葉を掲げているのではなく、悔い改めさせるためにこの言葉を掲げていると思いますよ。道具中心的考え方を改める様にとね!

言葉を変えてあなたにもう一度言います。二次元的な考え方ではなく、三次元、四次元的な考え方を持ってください。この考え方が出来ないうちは、永遠に福音の真理など悟る事が出来ないでしょう。
私の考えがわからないのは、二次元の考え方で考えているからです。即ちこの世的な考え方しか出来ないからです。福音は平面的なものではなく立体的なものです。しかも、そこに永遠という時間が加わります。即ち、福音は四次元的なものなのです。ですから、二次元的すなわち平面的に物事を考えることしか出来ない人は、永遠に福音の真理などわからないのです。でも、言葉や文字と言うものは二次元的な事を伝えるのには便利なのですが、三次、元四次元的なものを伝えるには不便なのですよ。なぜなら、言葉は二次元の世界の道具だからです。で、四次元的なものを伝える道具に神は御霊を与えてくださいました。ですから、この御霊を伴侶にできない(失礼な言い方をすれば、使いこなせない)人には永遠に理解できないかもね?私の母の癌の証は偶然得たものではないです。御霊を理論的に得て、得られた証です。その理論を理解するのにとても役に立ったのがモルモン書です。でも、モルモン書に書いてあることを平面的に考えている人には、これまた永遠にその理論が解らないようになっています。

そうそう森さんリーハイの夢の説明かしありがとう、やはり道具として使えないみたいですね。あなたはここには真理がかかれていると言いながらその真理さえも捨てている事がよく判ります。ありがとう。

Name : 伊藤 Time : (99年2月22日<月>07時05分)


RE:活発教会員のみなさまへのご提案

> 私が教会を批判しているのは、モルモン教会が自らを「世の中の万
> 人にとって唯一真の教会であり、誰であっても(例えばマザー・テ
> レサのような人であっても)その教えに従わない者は永遠の生命を
> 受けることができない」と主張しているからです。

何でそんなに気にしているの?別にいいじゃない。どうでも?
今は、カトリックとプロテスタントは仲が良いけど、実際にはカトリックはプロテスタントの教義を受け入れてない事が、まりあさんの「聖餐?聖体拝領?」を見ると解るでしょう。何故その様に出来ないのかな?教会の存在を認め、自分の信念を持つことできないの?べつにさ、教会が「世の中の万人にとって唯一真の教会であり」と言っても言わなくても自分の信念を持っていれば関係ないと思うのですが?それを自分の考えに教会は従えと言っている事自体、危ない思想に感じます。

あぁ、御免御免ここに入る反モルモンの人には自分の思想など最初から無かったのですよね。だから、言われるままにバプテスマを受け、言われるままに伝道に出て、言われるままに神殿結婚して、やっと自分の思想を持てる年になったばかりなのですよね。そう考えると「世の中の万人にとって唯一真の教会であり」と言う言葉に固執する気持ちがわかります。

早く、カトリックとプロテスタントのような大人の関係になりましょうよ。ね!(^o^)

Name : 伊藤 Time : (99年2月22日<月>08時05分)


もったいない@

伊藤さん wrote:
>昼あんどんさんが言ってくれた事と同じことですが、今使っている道具が
>「唯一真の教会」と、思って使っている人には「唯一真の教会」であり、
>そうでない人にはそうではありません。

ヤッホー!! それを聞きたかった!! ありがとう!!
要するに、人によっては「唯一真の教会」がモルモン教会以外にも存在する可能性があるということですね。

>当時のイスラエル人は律法中心でした。律法はイスラエル人を救う道具でし
>たが、その道具が中心になってしまったために、本来の目的である救いから
>遠ざかってしまいました。それを指摘したのが、イエス・キリストです。道
>具中心的な考え方を止めるように言っていたと思うのです。

おっしゃる通り! モルモン教会が自らを「唯一真の教会」であって、それによらなければ絶対に救われない、という考え方こそ「道具中心主義」なのです。

>即ちあなたは「唯一真の教会」と言う言葉に固執しているところを見ると当
>時のイスラエル人と同じ道具中心主義の考えを持っている可能性が高いです。

違う違う(^_^;)。私はモルモン教会が自らを「唯一真の教会」であると固執していることを批判しているんです。モルモン教会の教義の構造自体が「道具中心主義」になっていることを指摘しているんですが、あなたのおっしゃるように、イエス・キリストの教えに反しているからです。
現実問題として、それによってつまずいている人たちがたくさんいるではないですか。まさに「その実によって見分ける」ということです。あなたはそれによって被害も受けたんでしょ?

>言葉を変えてあなたにもう一度言います。二次元的な考え方ではなく、三次元
>、四次元的な考え方を持ってください。

物は言いようですね。そのような理屈を持ち出してくると、何でもアリ、ということになってしまいます。でも、それは純粋な信仰レベルの問題ですから、とやかく言うべきではないでしょう。あなたの信仰に敬意を表します。
私自身、モルモン書自体は否定していますが、福音書に書かれているイエス・キリストの贖い自体は私の信仰の対象として認めています。なぜイエスという存在が、全人類の罪を引き受けることができるのか、普通の常識的な考え方ではなく、信仰によってしか理解できないことですから。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/sengen.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年2月22日<月>09時20分)


もったいないA

>あなたはここには真理がかかれていると言いながらその真理さえも捨てている
>事がよく判ります。

モルモン書に書かれている「真理」を捨てても、何も困ることはないんですよ。同じ真理はモルモン書以外のところから、いくらでも得ることができるからです。その真理がモルモン書にしかない、と固執する必要はないんです。
あなたも、モルモン書以外のところには全く真理がない、とか、全ての真理はモルモン書に記されている、とか主張するつもりはないんでしょ?

それと、あなたが自分自身の信仰を尊重して欲しいと思うのなら、モルモン教会以外に「唯一真の教会」を見出した人たちの信仰も尊重すべきと思いますよ。
しかし、あなたは、モルモン教会を辞めた人たちを「(モルモン書を)道具として使えてない人」呼ばわりして見下す態度を示してきました。それは、あなたの批判する「道具至上主義」をあなた自身が実践しているという皮肉な状況を意味しています。そしてそのことが、この掲示板におけるあなたへのバッシングにつながっています。
非を認めるべき点は素直に認め、他人の考え方も尊重する気持ちを示すのであれば、みなさんもあなたに敬意を表し、あなたの説得力も増すことでしょう。
信仰に対するあなたの切り口に、私も賛同しているだけに、その点が残念です。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/sengen.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年2月22日<月>09時33分)


そりがあわない…では実はやめちゃいけないんだよ(^-^;)

沼野さん>>

あたしは確かにそりがあわないことを理由に教会を脱会しました。
でも、本来、それが理由であるなら、
あたしは、もっと早く教会を抜けられていたことでしょう。

それが出来なかったのは、モルモン教会が、「唯一真」だという主張をくり返す事によって洗脳されていたからです。
つまり、モルモン教会が「唯一真でない」と悟った時、
では、教会にのこるかのこらないかという選択ではじめて「そりが合わない」という主張が筋を通るようになったわけです。

ですから、沼野さんの言い分はその事をとらえていないと感じます。

つまるところ、沼野さんは、何も理解しようとしていない(教会に都合の悪いことは)と感じます。
それとも、あえて、その事を無視しているかどちらではないでしょうか?
教会の様々なことを暴露することにより、いかに教会が唯一真でないかを証明しなければ、「そりがあわない」では辞められないということを御理解下さい。

それから伊藤さん

あなたの主張自体があまりにも自分中心のご都合なので、周辺には理解できないし共感も得られていないと感じます。
教会が唯一真か?という主張にあなたは人によってなどと答えていますが、
それは全然論点が違う事でしょう。
まぁ、恋人どうしの事で「オンリーユー」っていう意味であるとでもとらえるなら話は別ですが、
それは恋愛感情上のものであって、現実には異性は世界上にたくさんいるわけです。
その事実を認めた上の愛の囁きであるならともかく、
その事実を無視した上の主張は冷静さに欠けているとこちらは主張しているわけです。
福音がどーのとか真理がどーと言う前に現実に目を向けられたらどうでしょうか?

(この部分、省略)


http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月22日<月>09時36分)


どうでもいいこと

伊藤さん wrote:
>何でそんなに気にしているの?別にいいじゃない。どうでも?

どうしてでしょうね。それは教会に聞いて下さいよ。一番気にしているのが教会自身であって、私は教会が気にしている(主張している)ことを批判しているわけですから。まぁ、大管長あたりが「この教会は一応、神の唯一真の教会ということですけど、そんなことはどうでもいいです。」と発言してくれれば納得なんですけどね(^_^;)。

>あぁ、御免御免ここに入る反モルモンの人には自分の思想など最初から無かっ
>たのですよね。

「反モルモンの人」という括りはちょっと乱暴ですね。ここへの書き込みを読んでわかるように、みなさん結構、バラバラですよ(^_^;)。

>だから、言われるままにバプテスマを受け、言われるままに伝道に出て、言わ
>れるままに神殿結婚して、やっと自分の思想を持てる年になったばかりなので
>すよね。そう考えると「世の中の万人にとって唯一真の教会であり」と言う言
>葉に固執する気持ちがわかります。

そうですね。自分の思想を持つまでに随分と時間がかかってしまいました。モルモン教会の中では自分の思想を持つことを許されていませんでしたからね。あなたもそれで随分、苦しんだのですよね。よくわかりますよ。でもね、伊藤さん、自分の思想を持つに至っていない教会員は、まだまだ教会の中にたくさんいるんですよ。
まぁ、私の場合、イエス・キリストに対する信仰が最初にあって、どこかの教会に入りたいということで、たまたまモルモン教会に入ってしまったので、あなたの想定する「反モルモン」とはちょっと違うかも知れませんよ。

>早く、カトリックとプロテスタントのような大人の関係になりましょうよ。
>ね!(^o^)

そうですね。あなたの言うように、モルモン教会は幼い教会ですからね(^_^;)。大人になるためにどうすべきかということを私は言っているのですが、それを「危ない思想」として斥けるか、「大人」として受け入れるか、それは教会側が決めることです。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/sengen.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年2月22日<月>10時19分)


やっくんへ

> 教会の様々なことを暴露することにより、いかに教会が唯一真でな
> いかを証明しなければ、「そりがあわない」では辞められないとい
> うことを御理解下さい。

あのさ、俺は「そりがあわない」だけで辞めたのですが?
あなたこそ自分のご都合主義ではないのですか?良く考えたら?

Name : 伊藤 Time : (99年2月22日<月>11時03分)


森さんへ

全然解ってないよね。解ろうともしてない。私の言っているのは道具が何を言ってもそれは単なる宣伝文句でしょう?宣伝どおりか自分で確かめて合わなければ、辞めれば良いのよ。過剰宣伝だと言ってもそれを取り締まる法も何も無いのです。だったら消費者が賢くなれば良い事じゃないの?

Name : 伊藤 Time : (99年2月22日<月>11時19分)


気になるの

<森さんレスより引用>

> 私が教会を批判しているのは、モルモン教会が自らを「世の中の万
> 人にとって唯一真の教会であり、誰であっても(例えばマザー・テ
> レサのような人であっても)その教えに従わない者は永遠の生命を
> 受けることができない」と主張しているからです。

<伊藤さんレスより引用>

何でそんなに気にしているの?別にいいじゃない。どうでも?

<私のコメント>
人それぞれでしょうが、この点が私にはとっても気になる事でした。
たとえにも挙げられていますが、マザー・テレサはモルモンではないし、儀式も受けていない、当然神殿結婚もしていない。
だけど、それが昇栄できない理由になるんだろうか・・・と、と〜って疑問でしたよ、教会員の頃は。

もし、私が教会員でありつづけ昇栄できたとしても、マザー・テレサのような方が昇栄できなかったら、すっごく居心地悪いんじゃないかしらと思っていました。

神は召したい人を召す。という事はわかります。そうなんだと思います。
しかし、それとモルモンの主張とはまったく違うと思いますよ。
教会は都合のいい人だけ召すという主張なんじゃないかと感じますよ。

というような事を考えると、私にはどうでもいいこととはおもえないんです。と〜っても気になるんです。
また、伊藤さんや教会員の人がホントに教会員以外の人は昇栄できなくっても仕方ないと思っているのかも気になります。
ホントにそう思っているの?

Name : 右近 Time : (99年2月22日<月>11時20分)


伊藤さんへ

ああ、ごめんごめん、なんか勘違いされちゃったみたいね。

> 教会の様々なことを暴露することにより、いかに教会が唯一真でな
> いかを証明しなければ、「そりがあわない」では辞められないとい
> うことを御理解下さい。

てのは、沼野さんあてのもので、あなた宛ではありません。

しかし、ちなみに

>あのさ、俺は「そりがあわない」だけで辞めたのですが?

「ですが?」ってのは?(^-^;)?
「ですか?」でしょうか?

つまり、あなたは「そりがあわない」だけで辞めたのですか?

でしょうか?

にしても、あなたは教会を辞めていないから(^-^;)、この文章の意味は全然わかりません(^-^;)?

>あなたこそ自分のご都合主義ではないのですか?良く考えたら?

ええと、何がご都合主義?あたしが、教会を辞めた事?でしょうか?
そもそも、教会にいれさせられたのが教会のご都合主義なんで、よくわかりません。

でもって、そうぢゃなくて、あなたの文章がご都合なので理解できないっていった
あたしの問いかけに対するお答えですか?
つまり、あたしの文章がご都合だといいたいのでしょうか?
ううんとね、どこの所が?(^-^;)?

すくなくとも、あたしは、このように、あなたに対してちゃんと誠実にお返事しますが、
あなたは、あたしが何度も問いかけた事をすべて無視されていらっしゃるので、
あなたからご都合だとはいわれたくはないですね(^-^;)
まず、あたしが以前問いかけた事にすべてお答え下さってから、おっしゃって下さい。

でも、なんか読み違えていたら、ごめんなさい。
なんせ、昼あんどんさんほど、あなたの言葉を理解する能力はないもので。
(昼あんどんさんの伊藤語翻訳能力は尊敬に値しますね!\(^o^)/また、頼みます。)
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月22日<月>11時25分)


気になるよ

そうですよね。右近さんのおっしゃる通りだと思います。

でもって、伊藤さんの主張は、自分の道具なんだから気にするなだろうと思いますが、
これもかなり乱暴ですよね。

自分がつかっている道具で不幸になっている人や、自分より頑張っている人が除外されるのだとしたら、
この道具は、果たしてよい道具なのだろうか?
って気になります。あたしも。
それに他の道具もあるだろうから、何もこの道具にこだわる必要もないよな。って思いますし。
でもって、売る側は、この道具しか道具はないっていうから、
「それはちがうんぢゃないの?」っていっているのに、
道具なんだから、そんな事いうな。っていわれても、ちょっとねぇ(^-^;)?

しかし、伊藤さん、だんだん、言葉が過激かつ乱暴になっていますね(^-^;)

ところで、カトリックとプロテスタントの大人の関係を築くのに、人類はすごく時間を費やしているわけです。
で、あるならば、なんで今さらモルモンにおいても同じことくり返すのかわかりません(^-^;)
ここのところが沼野さんの主張とからんで理解できないのですが、
今さら、モルモンがしゃしゃり出てくる必要など何もなくて、
キリスト教ならカトリックかプロテスタントに任せればいいんぢゃんないでしょうか?
どうせ世俗化するっていうんだったら。

カトリックでもプロテスタントでもないモルモンにしかないものってなんでしょうか?
さっぱりわかりませんがね(そりゃ色々あるけど、それってカルト的なもんだから、そのカルト的なものがなくなったら、
モルモンには何がのこるのか?って事ですよ)
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月22日<月>11時36分)


どの宗教にも属していませんが、宗教を否定しない者です。

皆さん、こんにちは!!
宗教について調べていたらここへたどり着きました。
そこで自分が思っていることについて、気がむきましたら考えてみて
下さい。
1.宗教というものは、所詮人間の論理では計り知れないのではないか?
2.よってある一定の線(例えば神が存在するなど)を超えることが出
来ない者と、そうでない者との話し合いは平行線を辿ってしまうの
ではないか?
3.宗教というものは、どんなものでも大なり小なりカルトに成り得る
のではないか?
4.宗教というものの教義や歴史などにおいて、人間の論理で矛盾しな
いように体系化されるものなど存在するのか?
5.ある宗教の信仰を捨てた(背教というのでしょうか)方は、唯物的
な考えにおなりになったのでしょうか?

自分は、宗教は人間の論理では計り知ることが出来ないのでは、と考え
ていますが、やはり矛盾点があったりすることについて解せない所もあ
りますし、一種異様な雰囲気とでも申しましょうか、そういった空間に
も馴染めないと考えています。
皆さんはどう考えていますか?

それでは!!

Name : Freedom Time : (99年2月22日<月>12時07分)


RE:気になるの

> また、伊藤さんや教会員の人がホントに教会員以外の人は昇栄でき
> なくっても仕方ないと思っているのかも気になります。ホントにそ
> う思っているの?

思っていません。と言うよりも解りません。昇栄できる出来ないは神が決める事です。そこには、それこそいまの人知では考えられない神の英知が働くでしょうからわかりません。でも、考えられる事がひとつ、ある方から聞きました。それは、その人が昇栄したいと望むか望まないかと言う事です。たとえある人が昇栄できる条件を全て満たしてもその人が望まなければ神は昇栄させないだろうと言う事です。私はこの説にはなるほどと感じますね。でもって、カトリックにもプロテスタントにも昇栄の教義はありません。が、福千年の時にそこの所の調整が行われるのかもしれません。でも、そのような事よりも、もっと自分の徳の事について考えるのが得策の様に感じます。どのようにしたらマザー・テレサのような徳を身につけられるかを考えたほうが為になるように感じます。他人の救いを考えるよりも自分の徳を得る事を考えるべきではないでしょうか?

Name : 伊藤 Time : (99年2月22日<月>14時21分)


やっくんへ

> しかし、伊藤さん、だんだん、言葉が過激かつ乱暴になっていますね(^-^;)

自分の優柔不断に少し情け無い気持ちになっています。ここでの話し合いは何の実りも名と感じています。それこそ、モルモンでないマザーテレサさんが昇栄できるのかどうかを人知で考えることと同じです。それこそ昇栄など出来るか出来ないかを人知で判断など出来ないのです。それよりもマザーテレサさんのような徳を身につけることに専念した方が得策に感じています。そのように感じているのに出来てない自分の優柔不断に情け無さを感じているだけです。(-_-;)

Name : 伊藤 Time : (99年2月22日<月>14時39分)


これで、お別れします。

昼あんどんさんの書き込みでつい出てきましたが、これでお別れします。どうも、私に語学力が無く皆様と議論が出来ないです。ですからこのような無駄な時間を使うより、もっと徳を身につけることに専念したいと思いますので、皆様とはお別れです。たぶんまた、この後で悪口の書き込みがいきなり増えるのでしょうね。いままでそうでしたから、たぶん今回もそうでしょうね。まぁ、それがここの特徴だから仕方ないけどね。それでは、皆さんご機嫌よ。


Name : 伊藤 Time : (99年2月22日<月>14時58分)


>思っていません。と言うよりも解りません。昇栄できる出来ないは神が決める事です。

おっしゃるとおりです。同感します。もっとも昇栄という場所があるかもあきらかではありませんが(^-^;)

>それは、その人が昇栄したいと望むか望まないかと言う事です。たとえある人が昇栄できる条件を全て満たして
>もその人が望まなければ神は昇栄させないだろうと言う事です。

逆にいうと、昇栄したい望んだら、昇栄出来る条件をそろえなければ、ダメだという事になるでしょ。
そこが問題なのです。
昇栄の条件など、神でなければわからないということを、あたしはいいたいし、
だから、昇栄の条件にバプテスマとか神殿結婚とか、教会の責任とかをあげている教会は、
間違っている。と述べているわけです。
そして、それを主張することが、どうして、あなたの批判の元になるのか、理解出来ないわけです。

教会は間違っていると、間違っているものは間違っていると。こうのべることは、何故いけない事なのですか?

と、いっても、あまり期待できませんね。お答えは(^-^;)
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月22日<月>15時11分)


共感するのだけどなぁ

>それこそ昇栄など
>出来るか出来ないかを人知で判断など出来ないのです。それよりもマザーテレサさんのような徳を身につけること
>に専念した方が得策に感じています。そのように感じているのに出来てない自分の優柔不断に情け無さを感じてい
>るだけです。(-_-;)

そうなんですよ。だから、教会は、「昇栄」の話しなんか、最初からいっさいがっさい全部しなければいいのにね。
宣教師の伝道から始まって、常に人生の目的=昇栄すること。
なんていう論理を押し付けなければいいのに。

死後、魂がどこにいくかなんて事は語らず、ただただ、人格を高める事を目標にすればいいのに。
そうすれば、実際問題、もっと高い人格者たちを多く排出していると思いますよ。
日曜学校でも、何が人格を高めるかって事をはなしあえば、
あんな、昇栄するため、救われるために何が必要?
戒めまもる。指導者に従う。教会に集う。聖典を読む。
なんていう退屈な解答しかかえってこないようなレッスンにはならないでしょうにね。

しかし、実際は全部こうなわけで、教会は常にどうしたら昇栄する、こうしたら昇栄するっていって、昇栄を意識させるような事をやっているわけです。
それは教会が未熟だからだとしたら、その未熟さを指摘しているあたしらは、感謝こそされ、罵られたりなんなりされる筋合いぢゃないって気がするのですが、
いかがなもんでしょうか?
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月22日<月>16時55分)


さすがに私も疲れた

伊藤さん wrote:
>全然解ってないよね。解ろうともしてない。

やれやれ(^_^;)。昼あんどんさん、助けて(^_^;)。

>私の言っているのは道具が何を言ってもそれは単なる宣伝文句でしょう?

なるほど。モルモン教会が「唯一真の教会」というのは単なるキャッチコピーに過ぎないわけですね。だそうですよ?>教会員のみなさん

>宣伝どおりか自分で確かめて合わなければ、辞めれば良いのよ。

だから辞めました。

>過剰宣伝だと言ってもそれを取り締まる法も何も無いのです。

過剰宣伝だということを認めるわけですね。「唯一真」というのは、通常の商品だったら法律的にマズいでしょうね。

>だったら消費者が賢くなれば良い事じゃないの?

そのためにこのHPがあります。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年2月22日<月>19時43分)


「アメリカにおける宗教の限界」(るうさん)

るうさん wrote:

> 宗教が信念か
ら好みになったということはアメリカにおける宗教の限界(あるいは堕落)をいってるのでは
ないでしょうか?

そう受けとめられていいと思います。あの書き込みは、(世俗化した)現代の世相を指したもので、
信心深い敬虔な人たちのことを指しているのではありません。そのような時流というか傾向を指摘し
た評論(エッセイ)でした。

本当はるうさんの言われるのが本筋であることに賛成致します。ただ、欧米先進国の多くの市民にと
ってその傾向が強まっているのが実状であると思います。

日本人の多くが少し前まで、宗教はと聞かれて仏教です、と答えるのに似てきている?と言えるかも
知れません。
http://www.hikari.com/MF/mormonforum.html

Name : 沼野治郎(An observer) Mail : numano@tokuyama-u.ac.jp Time : (99年2月22日<月>19時52分)


マザー・テレサの徳

もう、いささかうんざりですね。
「マザー・テレサの徳を身につける」って?そんなもの自分で願って出きるものではないんじゃないでしょうか?それは神様から召されたからできるわけではないでしょうか?大体彼女は自分に磨きをかけて「いっちょう救われたるデ!」なんて思いであの生涯を生きたと考えているのでしょうか?
それこそ大きな誤解。大変な侮辱です。
行いよりも先に信仰があるのです。信仰があるから何かに向かわなくては行けなくなる。そうせざるを得ないものにぶち当たった時に全てを棄てる事さえ厭わない。というか簡単なのです。

まりあ・てれささんはご存知と思いますが、カルカッタだけでなくインドやバングラディシュにマザー・テレサの会があって貧しい地域で奉仕しています。その会に集まる方々は皆、信仰に突き動かされて来た方々なのです。「それをする事で救われよう」などという計算は全くないのです。

このスタート時点から間違っていますね!

カソリックの方をわたしの立場であれこれ論評するのはなんなんですが、わたしらの信仰からマザーのあの偉大な業をこう理解しています。


http://www3.osk.3web.ne.jp/~hidekio/

Name : るう Mail : hidekio@osk3.3web.ne.jp Time : (99年2月22日<月>22時15分)


思わず! 同意!!

るうさん rote
>もう、いささかうんざりですね。
 思わず、うんうんと、肯いてしまいました。(~_~;)
建前からすれば、私はまだ教会員、あなたは反教会員。反論しなければ
いけないのでしょうが・・・。(^_^;)
 済みません、そういう人なんです。許してやって下さい。(^_^;)
あ、こっちの赦しかな・・・。(^_^;)
私は、こっちの掲示板の方が居心地が良いように感じるのは、何故?
言いたかったこと、知りたかったことが明示されているから??
あ、森さん、「素顔のモルモン教」全文転載ご苦労様でした。おかげで
こんな私でも、読むことが出来ます。いま020まで読み終えました。
全部読んでから、また、こちらに書き込みしたいと思います。
 それまでは、とりあえず、教義に関することにはコメントしないで
傍観します。(^_^;)
     お気楽教会員 うさじー

Name : usajii Mail : usajii@ba.mbn.or.jp Time : (99年2月22日<月>22時58分)


ううん。そうだなぁ(^-^;)

>死後、魂がどこにいくかなんて事は語らず、ただただ、人格を高める事を目標にすればいいのに。
>そうすれば、実際問題、もっと高い人格者たちを多く排出していると思いますよ。

自分でいってはなんですが、これもおかしいかもしれないなぁ(^-^;)
人格高めようぜ教っていうか。これもなんか偽善ポイよなぁ(^-^;)結局

何か見返りを求めることが、やっぱり崇高じゃないんだよな。
そうせざるおえないから、そうする。
心が突き動かすからそうするっていうのが本当か。やっぱり(^-^;)

>カルカッタだけでなくインドやバングラディシュにマザ
>ー・テレサの会があって貧しい地域で奉仕しています。その会に集まる方々は皆、信仰に突き動かさ
>れて来た方々なのです。「それをする事で救われよう」などという計算は全くないのです。

そりゃそうだよな(^-^;)やっぱり。


http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月22日<月>23時10分)


あらあら、私の名前が・・・

マザーテレサ、私のパトロンの名前があるわ!

マザーはね、貧しい人一人一人がイエズス様だっていってます。
だから、貧しい人を助けることは彼女にとってなによりの喜びだったんですよ。

ただ貧しいものの中の最も貧しいものに仕える・・って言うのがマザーの修道会(神の愛の宣教者会;Missonaries of Charity)の会憲の中にあります。

人が嫌がってやらないような仕事も彼女たちは進んでやるのです。
それこそ、神様に捧げる尊い供え物だから・・

彼女たちをそうさせるのは神様の愛を知ってしまったらそうせずにいられないから、神様が彼女たちの心を奮い立たせているから、ですよ。

右の手のしていることを左の手に知られてはならないって聖書にも書いてあります。

マザーは言います。‘I serve Jesus 24hours a day.'と。
彼女は倒れている人に息があると飛び上がって喜んでその瀕死の人のために自分のできること全てを捧げたのでした。

彼女には生涯、貧しい人のことしか頭に無かったでしょう。
彼女は救いの為に何が必要かなんて考えたこともなかったでしょうね。

マザーと私が大好きな祈りを紹介します。モルモンの人でもアーメンと言える内容です。字数オーバーするかもしれないので2つに分けます。

Name : まりあ てれさ Mail : koa@tke.att.ne.jp Time : (99年2月22日<月>23時23分)


こういう事もあるらしい?

>彼女は救いの為に何が必要かなんて考えたこともなかったでしょうね。
>「それをする事で救われよう」などという計算は全くないのです。
>そりゃそうだよな(^-^;)やっぱり。
 うん、うん、そうなんですよねぇ。教会でも犠牲といってこういう
行為を求めている筈なのですが・・・、そして、その見返りは求めて
はいけないと言っている筈なのですが・、一部の指導者(特に昔の)
は、違ったみたいですねぇ。(~_~;)はあ〜〜(~_~X)
 我が教会では、マルチまがいの、商売等が、推奨されているような
所があるのですが(少なくとも、教会内では大っぴらには反対できな
 い雰囲気がある筈(~_~X))私は、この教会に来て、こういう商売が
実際に成り立っているという現実を目にしたのですが、他の教会では
こう言うことはあることなのでしょうか??
(教会員同士で、マルチまがい商売の相談をする等)
 お教えいただければ幸いです。m(__)m
     お気楽教会員 うさじー

Name : usajii Mail : usajii@ba.mbn.or.jp Time : (99年2月23日<火>00時14分)


信仰自体が救いだということ

まりあさんのコメントでもおわかりだと思いますが、(といいつつわたしの理解が間違っていたら指摘いただければありがたい)マザーの行いは「救いのためにしたこと」ではないという事なのです。
先に述べたように信仰が先にある。だから、奉仕も喜びであるのです。

まりあさんの言われる
>彼女たちをそうさせるのは神様の愛を知ってしまったら
>そうせずにいられないから、神様が彼女たちの心を奮い
>立たせているから、ですよ。
言葉はその事を指しているのです。
そしてもうひとつ踏みこむと。こうした「気高い思い」はまさにそれ自体が「救い」であるのではないでしょうか?
神様の愛を知ること。そして、その真理によって自由を得ること。
救いとは現世の向こうに行いの結果としてあるものではないと言えます。イエスがキリストであると受け入れること、その事そのものが信仰であり、救いなのです。
モルモンの救いと言う言葉の理解とキリスト教の理解とは全然違うのです。
ということで、この書きこみを今は遠いカルカッタの空の下、マザーの徳を身につけ救われるべく奮闘努力のボンド伊藤君に捧げます。

http://www3.osk.3web.ne.jp/~hidekio/

Name : るう Mail : hidekio@osk3.3web.ne.jp Time : (99年2月23日<火>05時10分)


ごめんなさい

・・・・ということで、心配してくださったみなさん、ありがとうございます。
私は決心しました。教会にもどります。もちろん、モルモン教会にです。

よけい心配になったと言われる方のほうがここでは多いでしょうね。でも私はもうち
ょっとがんばってみたいと思えるようになりました。はじめここに来たときは、信じ
ていた「唯一真の教会」にうらぎられた気持ちでいっぱいでした。そして、今まで行
って来たことはなんだったのだろうか・・・・とほんとに悩みました。一時は「真実では
ない教会に集っていても意味がない。やめたほうがいいんだ。」とも思いました。
けれども、皆さんの論争を聞いているうちに、「教会が真実か真実でないかなんて関
係ないんだ」と思うようになっていったのです。

「イエスキリストの福音を学び、実践できるところはどこだろうか」と、新しい教会
を探すことも少ししてみましたが、転職するときの気持ちと似ていて、また1から新
しいことを覚えるよりも、慣れた職場で、気持ちを切り替えることにしたのです。
安易な道を選んだとも言えるかもしれません(^^;;;。

「モルモン教会では、キリストの教えを実践できないよ」といわれる方もいらっしゃ
るかもしれません。おっしゃるとおりだと思います。けれども私は、モルモン教会か
ら、「唯一真」というラベルを自分でとってしまったのです。私は、よい教えは素直
に受け入れ、間違っていると思うことでもよく吟味して(または祈りによって)、実践
していきたいのです。

「イエスキリストの教えを実践するなら、どこの教会にもぞくさなくてもできるよ」
とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。でも少なくても私には、教えてくれ
る場所が必要なのです。

私は私なりに、一生懸命考えて、こういう結論を出しました。もちろん、いろいろな
事情から、すぐに活発になれるというわけではありませんが、少しずつ、私のペース
で歩いていこうと思っています。

それでもここへきてもいいですか??(むしがよすぎるかな?やっぱり(^^;;;。)

Name : ゆな Mail : yuna@po.teleway.ne.jp Time : (99年2月24日<水>02時49分)


ちょっと心配(^-^;)

ゆなさんへ>>

おっしゃるとおり少し心配します。
モルモン教会にもどる。という風にきめるよりは、
広く、いろいろな教会に集われてみるのはどのようなものでしょうか?

あたしが懸念するのは、モルモン教会においては、イエスの教えの実践とは、教会に奉仕することになって、結果的にそれはカルトに力を貸す事になることです。
これは以前にも述べましたよね。

もし、もどられるのでしたら、可能なだけカルトな動きを牽制され、
指導者だろうがなんだろうが、おかしい教えの時はおかしいといって頂きたいです。
また、什分の一とか、その他献金など、
何につかわれるかわからないお金は、教会に与えないで頂きたいです(^-^;)。
そのようなお金を、おかしな指導者は好きにつかって、
また、カルトな教えの犠牲者が出る可能性があるからです。

なお、プロテスタント系の教会だったら、信者から集めたお金を信者が何につかうかきめるので、
すごく安心なんですけどね。
モルモンの場合は、右の手のしていることは左の手にしらせるなという聖書の教えを持ち出して、献金されたお金がどのように使われているかいっさい明らかにしません。
その意味で、ゆなさん個人の信仰はかまわないのですが、
献金や教会への奉仕だけはしないで欲しいなぁと思います。

たんにキリスト(だと主張する)教えを聞いて、個人の生活レベルの上で実践されるのであるならば、
まったく心配はしないのですが…(^-^;)
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月24日<水>10時09分)


ちょっとびっくり

ゆなさんの決心に、ちょっと(実はかなり)びっくりしました。
でも、ごめんなさいなんてそんな、そんなふうに思わないでね。
ゆなさんも以前、書き込みしていらしたとうり、まわりでどんなにあんな女はやめとけと言っても、本人が燃え上がっているときは何を言っても愛してるんだもんね。
・・・・・と言いながらも、いろいろ書いてしまうのですが、読んでいただけたら幸いです。

あの、悪い女と教会の例えはやっくんからの説明にもありましたが、個人と組織の違いなので一概には言えません。しかしあえて言うなら悪い女にもそれなりの魅力があるわけだし、共に過ごしたいい思いでもある。世間の人には悪く言われても自分にはかけがえのない愛すべき女だという感情はもちろんわかります。だからこそどんな人にも愛し愛されるという希望もあり男女の仲はおもしろいものですよね。
だけど、世間で悪いと言われている女と人生を共にしようとするならば、その人の過去も現在も未来もすべてを受け容れるという覚悟が無いと、やっていけないんじゃないかな。
モルモンとして生きるということは、教会の過去を承知で、現在の矛盾する状況も、そして予測できない将来も含めすべてを受け容れるということではないでしょうか?
それって本当にお気楽ではやっていけない事だと思えるんです。

なんと言ったらいいかわかりませんが、とにかくゆなさん、あなたとあなたのパートナーがお幸せであればなによりです。

>それでもここへきてもいいですか??(むしがよすぎるかな?やっぱり(^^;;;。)
もちろん私は大歓迎です。(オーナーでもないのに、ごめんなさい)
それとモルモン書等は、もうサボテンさんに譲っちゃったの?
私の書籍についての質問で、もし既に譲ってしまつていたらごめんなさいね。

あ、それと(しつこい?)やっくんさんに同感です。
献金はしないでほしいなぁと思います。それと家庭を犠牲にしなければならないような奉仕や、なかば強制の奉仕はしないでほしいなぁと勝手ですが思います。

Name : 右近 Time : (99年2月24日<水>11時16分)


理屈だけぢゃどうにもならない事ってあるよね(^-^;)

あたしは教会を脱会してから1年以上、知恵の言葉を守っていました(^-^;)
何でか?って…なんとなく(^-^;)。

一応、教会員で酒とか飲まないっていうことに知人間ではなっているので、酒を勧められる事もなく(^-^;)
そんなような事情でなんとなく守ったというか…。
いや、なんとなくというより、かなり積極的に守っていました(^-^;)

理屈ぢゃ、別にとったって身体に影響があるわけぢゃないってよくわかっているのですが、
なんとなく(^-^;)
うちのかみさんが、かなり強引に酒とか勧めたので、今は平気になりましたが(^-^;)
もしもかみさんが強引に勧めなかったら、今持って知恵の言葉に従順に従っていることでしょう(^-^;)

なんでか?…ううん。これが洗脳ってやつ?(^-^;)?

頭ぢゃ、わかっているのだけど、精神がどうにもならない(^-^;)

例のオウム信者さんたちが、脱会しても、再び教団に戻ってしまうっていうの、
わかるような気がします。
裁判でまだ裁定はでていませんが、他の様々な裁判が全部有罪である事をみれば、
アサハラショーコーさんが有罪であり、間違っていることはわかっていても、
戻る人がいるぐらいなんですから、
今現在、それほど危険はない?と社会的にも思われている末日聖徒などの場合、
たとえば沼野さんの選択みたいに、
教会は間違っていると思っていても、教会に集う事を選択することはあり得るでしょう。

その意味ではゆなさんの選択も、理解できます。自分の知恵の言葉の経験からも。

ううん。難しいなぁって思います(^-^;)。

ただね、神様は、不思議な業をされる方ですから、
おそらく何であっても、それはそのうち良くされる事でしょう。
と、あたしは信じたい(^-^;)。

もっとも現実にはここに書き込まれる方のように、ちょっと危ない方々を現実に容認助長する教団なのでありますから、
監視の目はおこたってはいけないし、
逃れたい人は逃れるようにしなければならないとは思いますね。
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月24日<水>15時02分)


ゆなさん、戻っちゃうの?

>それでもイエスキリストを信じる信仰は同じだと思う。ただ方法が違うだけで。

って言っているうちはキリスト教のこと理解してないんじゃないかなあ・・・って心配です。
私は実際モルモン教徒になったことは無いので戒律や責任がどれだけ自分にとって負担になるかって実感したことはありません。
だから、説得力あることは言えないのですが・・・

私は今障害者の介助のアルバイトをやってて、レ・ミゼラブルにでてくるミリエル司教に習い、自分もお金が入るようになったら収入の3割、貧しい人に寄付しようと思っていたのですが、実際は・・・・うう〜ん・・なかなか・・・。

それを考えると、モルモンの要求する十分の一献金ってきついんでしょうね。

ここに書き込みをする人ってけっこうストレートにきついことも言ってると思うんですけどそのモルモンの現在の姿、過去の過ちを知ってまでも尚もモルモンにこだわる理由って何なんでしょうか。

変化が怖いから・・で、しょうか。

それから祈祷書について。大きな書店のキリスト教コーナーにはあんまり置いてないですがカトリック書店に行けばいろいろありますよ。
カトリックをあまり知らない人が読んだらわからない用語も結構あると思いますが祈りって自分の思いを言葉にするってことだからカッコつけることないとおもいますよ。

でもまあ、今日もひとつお祈りを紹介します。
聖イグナチオの自分を捧げる祈り

主よ、あなたに捧げます。わたしの自由を。
わたしの、記憶、知恵、意思を受け入れて下さい。
わたしのものはすべて、あなたからのものです。
今、すべてをあなたに捧げ、み旨に委ねます。
わたしに、あなたの愛と、恵みを与えてください。
わたしはそれだけで満たされます。
それ以上なにも望みません。


Name : まりあ てれさ Mail : koa@tke.att.ne.jp Time : (99年2月24日<水>15時42分)


ゆなさん

ご意志・ご決断は尊重しますが、懸命な選択ではないと思います。

てれささんの仰るようにキリスト教の信仰がどんなものかお判り
になってからの方がよいと思います。

ただ、ゆなさんのような「わかっていてもモルモン」という方が
増えれば増えるほどモルモンの改革はすすむわけで・・・

その点では良いかなって思いがあります。

http://www3.osk.3web.ne.jp/~hidekio/

Name : るう Mail : hidekio@osk3.3web.ne.jp Time : (99年2月24日<水>21時05分)


唯一真でない教会ならば

ゆなさん wrote:
>「モルモン教会では、キリストの教えを実践できないよ」といわれる方もいらっしゃ
>るかもしれません。おっしゃるとおりだと思います。けれども私は、モルモン教会か
>ら、「唯一真」というラベルを自分でとってしまったのです。私は、よい教えは素直
>に受け入れ、間違っていると思うことでもよく吟味して(または祈りによって)、実践
>していきたいのです。

「唯一真」でないことがわかった上でモルモン教会に集われるのなら、それはそれで一つの選択肢としてあり得ることだと思いますよ。実際、そうしている方々はたくさんいらっしゃいます。そのような方々が教会の主流を占めるようになれば、教会内で傷つけられる人は劇的に減ることになるでしょう。また、このことは「聖徒の未知−公式の宣言」が、教会としてではないとしても、教会員個人レベルで達成されることになりますので、私としては満足です。
ただ、ゆなさんのような方は、まだ教会内では少数派ですから、大袈裟に言えば「迫害」を受けるかも知れません。教会が「唯一真」ではないと考えているということは、周囲の会員・指導者には知られないようにしておく方が賢明でしょう。そのことが辛くなったら(そうでなくとも)、またアナホリにも顔(?)を出して下さい。あとは、ご主人にご理解いただくことですね。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/sengen.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年2月24日<水>23時25分)


なるほど納得!!道具中心主義!!

ここに集うようになり少し立ちますが、いつもいろいろ学ばさせてもらっています。みなさんには、感謝です。
ここにくるモルモン(熱心な)の方は、全体的に知識不足のような気がします、まあ無理もないですね教会の歴史を本格的に調べようとしている人等、私が活発だった時はほとんどいなかったですから。調べ出したらきりもないし、活発会員の多くの人は私などと違い教会から配られる資料やテキストをうのみにしていますから。

教会が公式に資料提出を拒否しているところなんて日本のお役所みたいだしね!!
そんなことを知ったら、もう活発ではいられませんものね。


この「道具中心」とはよく言ったものです。

まさに的を得ています。わたしは、たまにまだ活発会員にあうのですがその時よくこの手の話もします。本当に長年教会に集い不思議に思っていたことでした。わたしは、BASSISTなんですけど、「7つの習慣」にもあったように楽器を引く技術を身につけるのと精神的レベルを高めるのでは、はるかに徳を高めることの方が難しいようです。私のBASSの師匠なんて20年以上BASSを弾いているのですが、それはもうメチャクチャうまいです!まさに職人芸です。私は、一発でほれこんでしまいました!!普通、月日が立てば何でもそれなりのものになるなるはずです(真剣に打ち込めば)ただし、BASSや他の楽器もそうですが毎日練習せんとうまくなれないですね。

それに比べ末日聖徒の会員、特に指導者(日本の)なんてどうでしょう?8年教会に集い伝道にもでていろいろな場所に集いましたが、熱心な人やよく奉仕する会員はいても人間ができていて尊敬できる人なんて一度も会ったことなんてないです。たった一度もですよみなさん!!10年も20年も教会に集っている人もたくさんいるのにね!!これは、モルモン教会がいかに本質から外れ律法中心になっているかがわかる一つの例だと思います。またこれは、いい証明です。彼等が日々の教会生活がいかに洗脳的であるかという!!
世のサラリーマンと何も変わらないです人間的に、神の代理人(神権者)だと彼等は言うのですが・・・・・・。まあ彼等のほとんどがサラリーマンだからしょうがないんでしょうけど、なかにはわずかでもいいから貧乏しながらも、人間性が高く、神様中心の人がもっといてもいいと思うのですが・・・・・・・・・・・・。

以上の理由で私は、モルモン教会を真実としないまでも神に近ずく一つの方法として利用するのには反対です。

『なぜあなたは奉仕しないのか』『教会を辞めると地獄に落ちるぞ』と脅されるのが(脅されないまでもとても嫌な顔をされますよ)おちでしょう!!


私は証します、末日聖徒イエス・キリスト教会が唯一真の教会ではなく、モーセの時代のように律法中心であることを!!イエス・キリスとの御名により。アーメン。

Name : 滅びの子    重畠 雅弘 Mail : sigehata@air.linkclub.or.jp Time : (99年2月27日<土>02時47分)


「過去ログ集 Part 4」に戻る

homebutn.gif (1052 バイト)