モルモン教会の思ひ出


モルモン教会の思ひ出 1

 モルモンにいた高校生の頃、私のプライマリーの教師をしてくれた一人暮らしの40代の姉妹がいました。当時、対象者は私一人しかいなかったので、教師一人生徒一人のマンツーマンのレッスンでした。
 このころ彼女は教会に疑問を持ち初め、レッスン後半に入った頃には教会を休み始めるのですが、私には迷惑をかけられないということで、レッスンは続けてくれました。
 年の暮になると、姉妹と幹部に対立が出始め、その頃姉妹の精神状態はかなり不安定になっていました。
「支部長から無言電話のいやがらせを受けている」
 ことの真意はともかく、神経症みたいな言動をしているのに、幹部は心配するどころか、教会に通うという戒めを守らないという律法主義的判断で、「あの姉妹は霊的に問題がある」としかしないのです。
 やがて彼女は、仕事もやめ引っ越しをして行方しれずになりました。
 それからの話は後ほど・・。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月3日<水>09時05分)


モルモンの思ひ出 2

 高校を卒業して、知多半島の南端の大学に入りました。昭和58年の「南極物語」が大ヒットした年ですね。
 教会はそこから電車で1時間の名古屋駅近くのワードでした。通うだけでも大仕事でした。
 ここにも神経症としか思えないような浪人生の兄弟がいました。誰もかにも無視されて・・。まじめに教義を守ろうとすると、挫折してこうなるのですよね。かたや、明るい姉妹が「ルンルン」と、当時の流行語をやたら連発していました。信仰生活を楽しくて仕方ないようで、こういう人じゃないと信仰も続かないのかと思いました。モーセがモルモン教徒だったら一発で発狂していたでしょう。ノアを笑って溺れ死んだ人だったら続くかもしれないけれど・・。
 教会をやめようと思ったのはこのときです。津に帰省しても黙ってれば怒られんわいと思っているうちに、このまま名古屋にも津にも通わないでおこうかと思い始めました。塾でも風邪を引いて休んでいるうちに来なくなる子がいます。似た心境なのかなと思います。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月4日<木>02時54分)


モルモンの思ひ出 2

>ここにも神経症としか思えないような浪人生の兄弟がいました。誰もかにも無視されて・・。

そいつは、ひょっとして私めそれとも彼?
当時、名古屋第3ワード部には浪人生が2人がおりまし
て私めともう一人。
その彼ですが、伝道帰還後郵政省外務職員になり、
一昨年就業中の事故により他界されました。
実は、彼は民間企業では続けられそうにないので公務員
を勧めたのは私めで、すこし罪悪感も感じております。

Name : 慶喜 Mail : odn-yossy@pop16.odn.ne.jp Time : (99年3月4日<木>09時48分)


BPの思ひ出

慶喜さんへ
 3ヶ月ほどしか通っていなかったので、名前とかはきれいさっぱり忘れました。名古屋駅からもっとも近いというワードということで通っておりましたが、それが第三ワード? 
 誰とも話をせず、顔からすべての感情が消えているという感じでした。後で心身症の本を読んだんですが、「失感情症」とか書いてあって・・。

 やっくんさんの体験談、私も拝読しました。
 私がBPを受けたのは1982年。三重ではまだ20歳未満は親の承諾が必要で、私は親の反対で受けられなかったのですが、その年の冬に元海上自衛官という日本人宣教師がやってきました。彼は情勢を分析し、いままでバプテスマとか教会用語を並べ立てていたので、親が警戒してしまうのだと判断しました。
「教会の一員として通わせるだけなら認めてもらえますか」と、彼は親に言ったんです。教会に通うのはもう親も諦めていから不承不承承知しました。「教会の一員」というのは縮めたら「教会員」で、「バプテスマ」を受ける必要があるということを親は知りません。
 当日、学校帰りいつものように教会にたちよった私は「いますぐ着替えをとりに行ってきなさい!」と言われてびっくり。
 伝道中だった姉妹宣教師たちもあわてて戻ってきて、宣教師だけのゲリラ的なバプテスマ会をひらきました。支部長だけ途中で来たと思います。
 翌日曜はみんなに祝福されましたが、なかなか受けたという実感がわきませんでした。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月4日<木>13時13分)


モルモンの思ひ出 3

 モルモンをやめると決心してから数日後、夏にやった献血で、精密検査を受けるよう通知が来ました。
 長いモルモンの信仰生活で、体に変調をきたしていました。私は生まれついてのB型肝炎キャリアだったのですが、大学受験も加わって、それを発病させてしまったのです。(キャリアの8割は発病しないで一生健康でいられるんだけれど)
 小学校6年のときに肺炎で2週間学校を休んだのが一番重い病気だったのに、これが突然の厚生省指定の難病患者です
 18から20歳の間まで入退院を繰り返しました。
 昭和60年、病状も安定して、京都の大学を再受験してもう一度1年生からやり始めました。

 ぽめさんも体が悪いそうで、同情して下記のメッセージを読まさせていただきました。確かに精神病院や刑務所よりはマシだったかもしれません。
 色々、この病気で偏見や差別も受けたこともあるけれど、その経験から今は患者団体の役員もしているし、これもみこころであると喜べるとしたら、これは現在、集っている教会の教えの素晴らしさでしょう。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月6日<土>05時30分)


モルモンの思ひ出 4

 大学に入り直したものの、精神的苦痛からは開放されませんでした。モルモン時代に受けた教育は容易に抜けませんでした。
 いつしか他人を避けるようになり、大学の頃はこれという友人を作らないようになっていました。
 平成元年に卒業。しかし就職もできず、大学の再受験をもう一度考え、自宅にこもってまた勉強を始めました。人と接しなくてよかったからだと思います。
 成績は順調に延びてくれましたが、体調が思わしくなく、平成三年、心因性自律神経失調症と診断され、受験もドクターストップがかけられました。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月6日<土>13時22分)


モルモンの思ひ出 5

 それは「ルジオミール」という白い錠剤から始まりました。
 抗ウツ剤です。
 月に一度、電車で1時間の名古屋大学の心療内科に通いました。モルモンの毒素を抜くための治療の第一歩でした。
 しかし、このとき私はモルモンにもう一度戻っていました。受験も失敗して、二つの病を抱えてまったく行き場を失ってしまったのです。
 まずいことをしたとお思いかもしれませんが、これは私が受けた今までの苦しみが、モルモンの教義にあるということを確かめるためには結果的によい選択になりました。
 主治医には次のようなことを約束させられました。自分の意志を大切にすること。たとえ幹部が神の名によって命令をしても、あなたがそれについて行けないと思うのならついていく必要はない。
 モルモンは建前でも、自由意志は尊重しています。さらに建前でも幹部は支持と対象であって「崇拝」の対象ではありません。
 理論武装をして、私は教会に飛び込んでいきました。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月6日<土>20時14分)


モルモンの思ひ出 6

 私は徹底的に幹部と対立するようになりました。自分の考えと違うと思えば意見もしました。支部長なんかひどいときは私と目が合っただけでひきつっていましたね。奥さんの態度もかなり露骨なものでした。
 どうしても我慢できないときは、ワープロ打ちの文章を教会の掲示板にはったこともあります。当然、翌日にははがされているのですが、それをまたはりに教会に行くのです。
 どうしたわけか、その当時、私の書いた闘病記が地方の文学新人賞をとり、看護系雑誌に私のエッセイが連載されることになりました。
 地方部長から、青年の同人誌を主催するように言われたのがそのときです。「地方部長サン」とカタカナでサン付けをして怒られたのもそのときでした。
「これがモルモンの教義」だという地方部長に私はいってやったんです。「ではあなたのその意見を、モルモンの意見として、エッセイに載せましょう。あなたの意見が正しいなら、モルモンとあなたの名前は世間に高められるでしょう」
 地方部長はこれは教義ではなく、自分私的な意見であることを認め、謝罪しました。地方部長を謝らせたなんて、地方部始まって以来の珍事ですよ。あとで津支部の書記補助を解任されましたが、私はおおいに満足でした。
 いま思えばなぜ私を破門しなかったのかという疑問も残りますが、反モルモンに転向されるのがこわかったのか、抗ウツ剤を飲んでいる人間に破門して、被害者の会でも作られたらとでも思ったのか、それはわかりません。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月6日<土>20時33分)


モルモンの思ひ出 7

 社会復帰を目指して、私は家庭教師のアルバイトを始めました。勉強だけはしっかりやってきたので教えるのは事欠きませんでした。
 子供は無邪気なものです。最初は他人の家に上がるのもこわかった私は、いつしかそうした子供の笑顔に慰められるようになりました。
 誕生日に貯金箱を贈ってあげたことがあります。子供は別の貯金箱からお金を出して、嬉しそうに1枚1枚、中にいれていました。そんな姿に目を細めながら、モルモンではついぞ教えてくれなかった人の温もりをこの子に見た思いでした。
 天国は彼らのようなものが住むところであるという聖書の一節を思い出します。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月6日<土>21時11分)


モルモンの思ひ出 8 〜モルモンのウソ発見!

 私の独演会になってごめんなさい。

平成6年、29歳になっていました。
 家庭教師のアルバイトは相変わらず続いていました。子供は、モルモンに入る前の、明るい自分だったころを思い出させてもくれました。病院でも「明るくなったね」と言われて、ビタミン剤以外は出さなくなりました。
 教会幹部との口論で、当初私は、モルモンの教義を使って彼らがそれに忠実でないというやり方をしていましたが、やがてその教義にも疑問を持つようになりました。そもそもモルモンは唯一真実なのか。カトリック・プロテスタントは本当にサタンの教会なのか。
 あるとき市立図書館で、上智大学の教授でカトリックの司祭の書いた本を借りました。
 すると出る出るウソが。
 まず、非モルモンが宗派間で対立しているのはウソでした。カトリック・プロテスタント間はまだ溝があるものの、エキュメニズム運動というものがあって、互いに話し合いをしているのです。ローマ法皇が来日したときも、仏教の僧侶を招いて懇親会を開いているのです。
 このことを地方部長宛に質問状にして送りつけたことがあります。しかし「こんな失礼な手紙をもらったことはない」と、激怒されただけでした。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月6日<土>22時39分)


モルモンの思ひ出 9 〜他教会へ

 私は自分の目で実際にカトリック、プロテスタントに通って確かめる必要があると思いました。そうしないと信じられないというのは、モルモンでひどいめにあっているからです。
 私の回った教会の話は逐次、モルモンの誰かに手紙しました。返事をもらったこともありますが、当たり障りの無い内容ばかりでした。
 津支部には三ヶ月に一度くらいしか顔を見せないようになっていました。幹部のつまらない証のときは、さっきまで行っていたカトリックの会報なんかを堂々と開いて読んでましたよ。注意を受けたら、車のキーをじゃらじゃら鳴らして帰ればいいのです。幹部は極力、私を無視するようになりました。
 こういう状況にあっても、伝道に出なかった一般の会員で、私に友人として接してくれた人もいました。彼らとは今でも年賀状の付きあいがあります。みんな悪い人だとは思っていません。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月6日<土>23時01分)


思ひ出ありがとうございます

薮内さん

一気呵成の書きこみありがとうございます。
大変な事の連続の中、堂々たる態度で大変感銘を
受けました。

まだ、続きがあれば是非聞きたいですし、文学賞を
取った作品やエッセイにも触れてみたいと存じます。

http://www3.osk.3web.ne.jp/~hidekio/

Name : るう(ぜみなーるモルモン世話人) Mail : hidekio@osk3.3web.ne.jp Time : (99年3月7日<日>00時09分)


モルモンの思ひ出 10 〜B型肝炎

 昭和62年、B型肝炎で私の入院していた三重大病院の医師が二人、死亡する事件がありました。マスコミはセンセーショナルに書きたて、これは全国の肝炎患者に対する偏見や差別につながりました。幼稚園の子が友達の家に遊びに行ったら先方の母親にあげてもらえなかっとか、夫婦間では離婚訴訟になったとか、どれをとってもヒステリックな反応でした。
 私もアルバイトで勤めていた塾を解雇されたことがあります。「通常の接触では感染はありえない」という医師の診断書を提出したのですが、「感染しなくても評判が落ちる」と塾はいうのです。
 患者団体に手紙を送ったところ、全国の役員からたくさん手紙をもらいました。そしてこの事件は地元の新聞に掲載されました。(もとはマスコミがこういう騒ぎにしたのに、その騒ぎをまた記事にするなんてねぇ)
 教会でこの報道は問題にされました。記事の末尾に「訴訟も辞さないと薮内さんは言っている」とあったからです。
「人を憎むのは罪ですよ、兄弟。訴訟なんてとんでもない!」
 それなら私を憎むのもやめてくれと言いたいところですが、いずれにせよ杓子定規のことしかいえない連中です。
「それなら、世界中の裁判所に勤めているモルモン教徒を罪に手を貸す輩として、全員を破門して下さい」と、いってやりました。
 結局、訴訟にはなりませんでした。本当にやったら、またマスコミが騒いで、ヘタしたら私は日本に住めなくなったかもしれません。(^^;)(調停は起こしました)

 この事件の1年後、事情を知らないある帰還宣教師がその新聞記事を見ました。
「兄弟、訴訟はただちにやめなさい。夕べ、私は神にあなたのことを祈りました。神は私に『やめさせなさい』とおおせになったのです」
 モルモンがいかに自分の気持とみこころを混同しているかという、一つの面白い例だと思います。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月7日<日>02時10分)


モルモンの思ひ出 11 〜新しい信仰

 いろいろ、コメントをいただき<(_ _)>ございます。話もあと少し。暫くご辛抱下さい

 当初、非モルモンの教会巡りは、モルモンより正しい教会がいくらでもあるということを教えてくれましたが、正しいと思っても全霊を注いで信仰に打ち込むという勇気がありませんでした。
 モルモンでひどい目にあって以来、いつも心の中に信仰に染まらない自分を置いておいて、カルトに引きずり込まれていないか常に自身を監視しておかないと不安なのです。
 それは身を守るためには大切である一方、もはや信仰を自分の生活の中心におけないという、信仰者としては深刻な副作用にもなっていました。
 どこのキリスト教会に行って入門講座を受けても、洗礼を受けることなしにずるずると過ごしてしまうのです。
 しかし唯一真でない教会の神父・牧師は、これを私と神との問題であるととらえ、私が他の教会に通いだしても叱責するようなことはありませんでした。
 今思えば、そういうモラトリアムがなければ今の自分はなかったと思います。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月7日<日>21時49分)


モルモンの思ひ出 12 〜独立

 平成8年春の通院を最後に、心療内科の治療は終わりました。その夏、私はついに「正社員」として学習塾に就職したんです。31歳にして初めて貯金ができるような給料をもらったんですよ。モルモンをやめると誓ったあの18の夏から13年がたっていました。
 そして平成10年春には、赤字で閉鎖予定だった津の教室をもらい受けて自分の塾を開きました。こわい上司もいないし、夜だけ働きにいけばいいんで、体の悪い私にはぴったりでした。(^_^)
 幸いウツ状態のときは家にこもってずっと勉強やってたんで、私は高校生も指導できるんです。元赤字の教室といっても思ったより生徒を集めることが出来ました。(少なくともインターネットできる稼ぎはあるんだしィ〜)
 あるとき、本屋でマザー・テレサの本を見つけました。なにかこう魅かれるものがあったんです。気がついたら彼女関係の本を6冊読んでいました。それでも飽き足らず何年も御無沙汰していた神父さんに教えを乞い、お御堂で時間がたつのも忘れて祈りました。
 そうなんです。カルトにはまらないかビクビクしていた自分はもうありませんでした。いつのまにか私も成長していました。
 
 

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月8日<月>00時02分)


モルモン 13 〜結び

 この春分の日で34になります。
 今はモルモンに対する個人的な憎しみはありません。これは今の教会の信仰のおかげです。神は人にどんな試練を与えても、必ず救いの手もさしのべて下さるお方です。すべてはみこころなのです。(モルモン経にもそんなことが書いてあった。なんたる皮肉)
 それでも思うときはあります。もし15歳のあの冬に、友人に誘われてあの教会のピンポン大会に出ていなかったら・・。今ごろは結婚もして子供もいたかもしれない。
 私は小さいころから飛行機が好きだったんで、防衛大学校に行きたかったんです。三重県で80人受験して学科試験に合格した8人に入りながら、肝炎で進めませんでした。
 
 私だけでなく、ぽめさんもるうさんもみな傷つきました。日本のみならず世界の人たちが、170年前のあの男が始めたことのために傷つきました。そして今も多くの若者が貴重な時間を潰して伝道に出、多くの人を教会に取り込んでいます。

 モルモンが1年か前に、近々末日が来るという預言をしたそうです。末日が来るのはモルモンにしたい。
 そうなるよう、これからも元モルモン教徒として頑張っていきましょう。

 掲示板を一人で占領しててごめんなさい。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月8日<月>02時11分)


お礼とお詫び

 下記タイトルの「モルモンの思ひ出」が「モルモン」になっていました。ごめんなさい。
 
 インターネットをして4ヶ月あまり。ここまで自分の歩んできた道を人様に話したことはありません。なんかこう、すっきりしました。(^。^) 
 メル友も二人いるんですが、所詮は無神論者なんで、「今日は雪だった」「寒かった」ぐらいの話をするのが関の山。なんかこう、最近は仕事が増えたようで負担になってきました。相手が悪いわけじゃないんだけれど、私のもっとも中心的テーマ、「神」の字すら入力できないんですからね。
 このHPはカトリック府中教会の掲示板に森さんの書き込みがあったので知りました。体験を共有できるみなさんにお会いできて本当によかったです。

Name : 薮内 Mail : tyabuchi@anet.ne.jp Time : (99年3月8日<月>02時50分)


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