「聖徒の未知」の受け止め方


雑談

本当に教会が真実だと言う証と信仰のある人は、このHPをみても「ふーん」としか思わないだろうし、
「神様はそうはおっしゃっていない。この世の学問なんて何一つ信憑性がない」などと思うのでしょ
う。(モルモンの教えにも信憑性がないことはおいといて)

教会が真実だとは思っているけど、そこまで確固たる信仰のない人は、このHPの内容に少なからずシ
ョックをうけ、そして祈るでしょう。そこで一時的に「みたまのささやき」をうけ教会に戻ったとし
ても、どこかに疑心暗鬼の芽が芽生え、なんどもここへ足を運ぶようになるでしょう。

最初からなんとなく教会がうさんくさいぞと思っている人は、「やっぱり」などと思い、自分と同じ
ような意見の人がいかに多いかを知って、安心するでしょう。

いろんな人がいろんなことを思い、考え、苦しみ、安堵し、そして去っていく人、残る人、何度も何
度も足を運ぶ人、それぞれの道を進んでいきます。だからいろんな意見があって当然です。

反モルモンは、モルモンのことをよく知っています。だってかつては自分もモルモンだったのだから。
でも、モルモンは反モルモンのことをよく知らないのです。だって、教会内部ではそれらのことを知
らされていないのですから。

双方の怒りは、この辺のギャップからくるのではないでしょうか。
だから怒る気持ちもよくわかります。

でもちょっと待って。議論はいいけどけんかはやめましょうよ。どこまでが議論でどこからがけんか
かなんてボーダーラインはないけれど、もうちょっとやさしくなりましょう。いままでだっていっぱ
い傷ついてきたじゃないですか。もう、傷付け合うのはほんとにいやですよ〜(;_;)。

ママさん、町田の教会員さん、きっと私たちの言葉に傷ついてしまったと思います。でも私たちもあ
なたたちの言葉に傷つくこともありました。お互いそういうとこ、反省していきましょう。最低限、
聞かれたことに答えるということだけは、してほしかったと(これはみんなも言ってますね)思います。

教会員はたびたび証をするために壇上へ上り、また教師として人を教えていくうちに、だんだんとや
んわりとうまく逃げることがじょうずになっていってしまうんです。私もそうでしたから。その辺も
問題があるのでしょうね。

まとまらないけど、ごめんなさい。なんか最近書き込みすごいので・・・・。悲しくなります。



Name : ゆな Time : (99年2月5日<金>01時54分)


私の感想

前の雑談の中で、最初にいくつかのタイプを書きましたが、夫は3番目でした。そして彼の中で「モルモンは真実ではない」という確信を得て、私にそのことを熱心に伝えるようになりました。

私は夫に言われてこのHPを見るようになり、今では夫よりも頻繁にアクセスしています(^^;。2番目ですね。

数日前まではほんとに迷っていました。真実を知った後も、そのことをなかなか受け入れられずにいました。それこそ「過去に起こったこと」などと考えていました。直接被害を受けたわけではなかったせいもあります。たとえば、今の世の中でまだ公に多妻結婚がされていたとしたら・・・・。もうとっくにやめてしまっていたでしょうね。夫が他の人と!!なんて考えるとトンデモないことですから。それよりもはじめから入っていないでしょう。

でもなんとなくわかってきたことは、「モルモン教会は決してサークルではない」ということです。サークルか何か、同じ趣味の人どおしがあつまって仲良くわいわい活動するだけならいいんです。過去にどんなことがあっても「過去のことだから。今は会長も会則もすっかりかわったのよ」ですませることができるんです。でも本当に「真実の教会」であったなら、教義を変えることなんて、絶対にしてはいけないことなんですよね。そのことだけははっきりと言えます。

私は教会に行くのが楽しかった。でもそれは「仲のいい友達=同じ目的をもった人」とわいわいがやがや楽しく活動する、サークルのようなものだったのだと気づきました。

もう、教会には戻れませんね(^^;。ここまで気づいてしまったんですから。

今はすこし、晴れ晴れとした気持ちです。もう、戒めを守ることもなんかどうでもいい気がしてきました。サークル活動をやめた後も、そのサークルの会則を守っている人はいませんよね(^^;。

Name : ゆな Time : (99年2月5日<金>02時21分)


れ、雑談 + お誘い

>本当に教会が真実だと言う証と信仰のある人は、
>このHPをみても「ふーん」としか思わないだろう
>し、

昔のあたしがこれですね。
まさに御霊にいわれなければ教会を離れませんでした(^-^;)

>でもちょっと待って。議論はいいけどけんかはやめましょうよ。どこまでが議論でどこからがけんか
>かなんてボーダーラインはないけれど、もうちょっとやさしくなりましょう。いままでだっていっぱ
>い傷ついてきたじゃないですか。もう、傷付け合うのはほんとにいやですよ〜(;_;)。

そうなんですけどねぇ。問題は傷つけるつもりはなくても、傷付かれてしまうというか…(^-^;)
質問すると傷付くとすると、どうしたらいいの?って感じなんですけど…。

>最低限、
>聞かれたことに答えるということだけは、してほしかったと(これはみんなも言ってますね)思いま
>す。

そうなんですよね…(^-^;)。

ところで、ゆなさん、よろしければ、クローズドな世界で話しをわかちあえるメーリングリストはいかがでしょうか?
変に期待されても期待にそえない所もあるかもしれませんが、
結構オフ会の話しなんかでもり上がれる、こちらは親ぼくも目的にいれた場所です(^-^;)
もしよろしければ参加してください。
女性陣も充実?しています(ほんとうか?(^-^;))
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月5日<金>02時29分)


Re雑談

引用文

まとまらないけど、ごめんなさい。なんか最近書き込みすごいので・・・・。悲しくなります。

<コメント>

人は、自分が間違っていることを指摘されてしまい、それを否定できないとき”怒り”という防御を使います。

教会は、”不死不滅と永遠の生命”を 教会員に約束します。 そして、教会員は”それ”を得る事が出来るのではないか?という希望を持って教会に集い始めます。しかし、熱心に教会の集会参加し続けても、教会員は口々に”この教会は真実です”と繰り返し説くばかりで、何を根拠にそう言えるのか?確信が無いまま”御霊のささやき”を受けている(受けるであろう)という気持ちに支えられて教会に集いつづけている方にとって、そんな現実と真っ向から向き合っている人たちの中で、揺るがしがたい教会が抱える矛盾を突きつけられた場合、自分の信じている希望”不死不滅と永遠の生命・・・・」が叶えられなくなるという不安が現実を逃避する様司令を出し、”怒り”という形で、自分をプロテクトする。私がここで言いたいのは、直面している問題から逃避せず熟孝し正しいことを受け入れ主張する勇気と決断があるならば、自分を守る為に”怒り”という感情の表われではなく、筋道を立てた議論によって自分の信じていることが正しいことであったか?どうかを検証すべきです。少なくとも、ここでは大きく分けて2つの異なる意見があるわけです。どちらが正しいか?教会で説く”幼子の様に”立場の違いによる偏見を捨てて、忌憚なく意見を交換し正しい理解を深めたとき、正しい判断が出来ると思います。教会では、議論を禁止しているかもしれませんが、私は、議論によってのみ、それまでの偏った考えを改めることが出来ると思います。正しい情報と深い考察によって導かれた知識は、自分で勝手に思い込んでいたあさはかな知識より貴ばれるべきです。

Name : 個人 Time : (99年2月5日<金>12時49分)


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