昇栄と信仰と希望


昇栄1…分類

教会の主張によると、
教会員であるということは、昇栄のための必要条件であって絶対条件ではありません。
つまり、教会員であっても昇栄出来るとは限らないが、教会員でなければ、昇栄は出来ない。と、こういうことです。
ところが、たとえば世界の偉人、
マザーテレサのような人物がいたとします。
彼女はどう見ても素晴らしいイエスの教えの実践者なのですが、教会員ではない。
つまり、教会の主張を当てはめるなら、もしも昇栄したいのであるならば、たとえマザーテレサのような高尚な人物であろうとも、教会の支配下に入らねばならないということなるのです。
かのマザーテレサでさえ、このように断じられるのですから、ましてや教会の支配下に入ることを拒む、あるいは入っていたが、教会を去る人に対して、教会は、彼等は昇栄への道を諦めたのだ。昇栄する意志をなくしたのだという説明をすることとなります。
それゆえに教会を去った人々は「滅びの子」となり、極端な話し「頑張って滅びの道を歩んで下さい。」などというとんでもない発言を受けたりする羽目になるわけです。
ではたとえば、以下のような人格、人物に対して、教会はどう説明するのでしょうか?

すなわち昇栄は目指しているが、教会のやり方ではとても昇栄できるとは思えない。
と、こういう者です。

昇栄という言葉自体があまりに教会的ですので、受け入れやすく言い換えるなら、たとえば家族は永遠だという概念にしましょう。家族を永遠なものにしたいが、教会には集うつもりはない。
このような意志はあるが教会に集うという方法を取らない者に対して、教会はなんと分類するのでしょうか?
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月7日<日>14時48分)


昇栄2…信仰と希望

と、いうことで希望の話しをしましょう。希望とは信仰によって生じると聖典にはあります。
自分がその方向に進んでいるのだから(信仰があるから)そこに到着するという希望が生じるのであるというような意味だと解釈できますが、その方向(信仰)は本当に正しいのか?という疑念に対しては答えになっていません。方向が間違っていればいくら希望が膨れたところで、そんなのは取らぬたぬきの皮算用というやつです。
方向が正しいのかどうか?ここは客観的に考える必要があるとあたしは思いますが、皆さんはいかが思うでしょうか?
方向が正しいのかどうか、教会ではよく聖典を地図にたとえますが、聖徒の未知の情報によれば、その地図は信頼がもてません。私自身の地図をたよりに歩いた経験によっても、現実は地図とは懸け離れているらしくとてもこれでは希望など膨らみません。絶望あるのみです。
地図があっているかどうか計る一つの頼りが磁石ですが、まぁ、みたまってやつになるのでしょうか?これも宛になりません。(^-^;)
なんせ示す方向がみなバラバラなんですから、これは磁石などと呼べる代物だとはいえません(^-^;)

以上のような経験的な話しから、あたしは、そもそも教会が教えるゴール(昇栄)などあるのだろうか?という疑問さえ持つに至りました。
しかし、それをだからといって、はなから昇栄したくない人間なのだと断定される事には抵抗というか、不愉快なものを感じます。昇栄はしたかった。しかし教会のやり方では絶望的であったし、今となっていは教会のいうことは全て信頼がおけないから昇栄という世界も信頼がおけない。とこういうわけなのです。
しかし何故か、教会員はそのような所まで思いが至らない。はなはだ不思議です。
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Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月7日<日>14時47分)


私はお気楽反モルモン

すべてのモルモン教会員の方々へ。

 私は神になりたいとは思いませんが、家族と永遠に共にいたいという希望はあります。宗教・教派に関わらず、全人類誰でもそうなるのではないか、とすら思っています。これは私の自分勝手な「信仰」です。教会に行かなくても希望は持てます。教会に行くことと信仰とは関係ありませんから。

 モルモン教会を通じて希望や信仰を見出すことができているのなら、それはそれですばらしいことです。でも、中にはそうでない人もいるんですよ。逆に、教会につながっていなければ昇栄できないというのなら、教会から離れてしまえば「絶望」しかなくなってしまいます。

 モルモン教会の教義に、人を必ずしも幸福にしない構造的問題がある、と批判するのは、その理由からです。そして、モルモンの聖典や預言者や啓示について調べてみると、その教義の根拠とされている事柄がすべて偽りであることがわかってしまっているのです。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/profile.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年2月7日<日>20時07分)


ReName ママ(ガラスのような教会員)

<引用文>

るうさんからの質問にお答えします。
>教会員ではないひとは昇栄できないのですか?
という質問が・りました。

私は実際に昇栄できるかどうかはわかりません。
でも、そう・って欲しい希望が・ります。
でも信仰がなければその希望がなくなります。
私はその希望が欲しいので教会に集っています。
希望が欲しくないのなら、信仰はいらないということです。
希望が・るひと、ないひと。とどのつまりは、それだけではないでしょうか?
私はただ単純にそう思います。


<コメント>

モルモン教会に対する信仰がなければ、”昇栄”という今もっていらっしゃる希望が叶わなくなると考え、”信仰を捨てたくない”という気持ちを持っていらっしゃると思います。

天国という概念は各宗派で若干ながら違うのですが、ママさんが言われる通り、昇栄もしくは極楽浄土もしくは天国?という希望を宗教は人々に植え付けその概念を前提として、各宗派のルール(戒律、戒め)を守るという決心信じる者に勧めているわけです。

”飴と鞭”を巧みに使って人の心を特定の宗派に向けさせるテクニックは、やくざでも持っています。宗教ではないのですが、例えるなら 売春。自分の体を売ってお金を儲けることは、何ら悪いことはない!と強調し、年齢にそぐわないような多額の報酬と引き換えに体や心を傷つけ、危険なリスクを負うわけです。

モルモン教会は、教会の教義に従ったら”不死不滅と永遠の生命、永遠の家屋”を得る事が出来るといいます。その教義が”正しい”もしくは、”否定できない”のならば、我々も、多くの方々にモルモン教会を信じない方がよい!!とは言えません。

しかし現実に目をむけると、モルモン教会の教義に従い本当に”昇栄”できるのか?考えたとき、多くの犠牲を払い 閉鎖的な教義の範囲で生活するほど価値のある宗教ではない事を、我々は判ってきました。

判った以上、それを、熱心に教会を信じている人たちに伝えるのが、我々 教会から離れたものの義務だと考えています

Name : 個人 Time : (99年2月7日<日>22時39分)


昇栄について

教会員でなければ昇栄できないのかということについて、私はこのように認識していました。

人は死んで霊界にいくと、前世のことをすべて思い出し、真実がわかる。するとモルモン教会を知らなかった人も、他の教会に所属していた人も、とにかくすべての人に福音が伝えられる(霊界にも宣教師がいる)。そして、みんな真実の教会=モルモン教会に入りたいという希望を持つ。でも、肉体がないので、バプテスマがうけられない。だから、私たち生きているものが、先祖の系図を調べて、身代わりの儀式を受ける。また、福千年には、すべての先祖(神の子供)が明らかになり、福千年に生きる者たちが、身代わりの儀式を受ける。だから、福音を知らずにこの世を去った人でも、霊界で改宗した人は昇栄の可能性があるのです。でも、一度教会員になってから去った人は、滅びの道しかない・・・・。

教会に熱心に集っていたときは、まじめに信じていましたけど、どうなんでしょう?

Name : ゆな Mail : yuna@po.teleway.ne.jp Time : (99年2月7日<日>23時47分)


Re: 昇栄について

はじめまして。

私は福音を学びはじめて間もないので細かな内容についてはわかり
ませんが、学んだ範囲で書き込みます。

昇栄については、ママさん、ゆなさんの書かれている通りだったと思います。
一度教会員になってから辞めた場合は名前が消されますが、再びバプ
テスマを受けるならば、資格を得る事は可能です。
バプテスマを受けずに昇栄する事は不可能です。(ヨハネ3:5)
そのため、現世でバプテスマを受ける機会のなかった人には霊界で
その機会が与えられます。ただし霊は肉体をもたないためバプテスマ
を受ける事ができません。そのために現世の人が身代わりの儀式を
行う必要があります。死者のための身代わりのバプテスマについては
1コリント15:29に記述があるように、LDSが勝手に考え出した
儀式ではありません。

人が日の栄え、月の栄え、星の栄えのいずれに進むかは、預言者
や指導者が決めるのではなく、本人の意志と神(イエス・キリスト)
の御心によって決められます。

詳しい事は、年期の長い教会員の方がご存知だと思いますので、
私からも解説をお願いいたします。


Name : 若葉 Time : (99年2月8日<月>01時05分)


Re: 昇栄について

はじめまして、慶喜ともうします。
以後よろしゅうに。


ゆなさんは書きました。

>でも、一度教会員になってから去った人は、滅びの>道しかない・・・・。
>教会に熱心に集っていたときは、まじめに信じていま>したけど、どうなんでしょう?

滅びの子についての教義ですが、教会員およびその他
の方で誤解しておられるのは教会員が背教しただけで
「滅びの子」と思われていますが、
実は「滅びの子」になる条件とすれば、第一に教会員
でありますがそれとともに(途中端折りますが)昇栄
の約束を受けるとともに天父およびイエスの実際の
来臨を受け信仰の状態ではなく知る状態になったと
きにはじめて否定をすれば「滅びの子」になります。

Name : 慶喜 Mail : odn-yossy@pop16.odn.ne.jp Time : (99年2月8日<月>01時51分)


滅びの子

慶喜さんの定義は、確かに正確なのかもしれませんが、
なんせ、適当な末日聖徒なこと、
その定義の範囲をコロコロかえることはよくあることで、
すくなくとも、神殿に入ったのに、やめたものは滅びの
子と定義されるという解釈も聞いたことがあります。
昔の神殿の儀式には命をとられる方法も提示してあり、
あれを見る限り、神殿参入者で背教したものは滅びの子
だと思います。
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年2月8日<月>08時51分)


昇栄について

<引用文>

人は死んで霊界にいくと、前世のことをすべて思い出し、真実がわかる。するとモルモン教会を知らなかった人も、他の教会に所属していた人も、とにかくすべての人に福音が伝えられる(霊界にも宣教師がいる)。そして、みんな真実の教会=モルモン教会に入りたいという希望を持つ。

<コメント>

忘却の幕を超えて 前世のことも、現世のことも すべて思い出す。と 私も宣教師から学んだことがあります。神殿のベールをくぐり日の光栄の部屋に入ることは、熱心に教会の教義を信じ従っている方々に ”忠実ならば日の光栄に入ることが出来る”と 約束を与えていますね。 しかし、その教義がどこから来たか?ということを考えるとき、この教義は残念ながら 人間が考えた概念であることをわwaせん。

<引用文>


一度教会員になってから去った人は、滅びの道しかない・・・・。

教会に熱心に集っていたときは、まじめに信じていましたけど、どうなんでしょう?

<コメント>

今も、真面目に信じていらっしゃるのでしょうか? 死後の世界を不思議に思い、いろいろな想像を掻き立てられるような 考え方をモルモン教会から 説かれたとき、死後の世界について不安に感じていらっしゃったり、大切な人の死にふれる機会が会ったり・・・等など、自分自身理解しがたい困難な気持ち(や経験)を抱いたとき、人は何かにすがろうとします。 時には、友達であったり、伴侶であったり、歌を聴いてみたり、お酒を飲んだり・・・・私はモルモン教を憎んでいますので、モルモン教会の価値を見つけられないのですが、あえてモルモン教会の社会的な役割を考えてみると善悪や真偽の判断は別として 死後の自分について不安を感じている人にとって、確かな”安心感”をもたらすことが出来る点だと思います。 多くの教会に集っている人は、その安心感を得る為、教義については”議論しない”よう 指導者からきつく言われていることを 気にも留めずに 熱心に教会に従うことによって自分が教会から見られたとき”ふさわしい”者になろうと、戒めを守るわけです。

教会員が、教会の真偽を検証する機会は教会から与えられていないのです。ジョセフスミスはヤコブ書を読んで「・・・ただ疑わないで、信仰を持って願い求めなさい」と教えています。そこが、モルモン教会員が不幸になっている元凶の部分です。ほんの少しでも、モルモン教会の教義を考察するとき多くの矛盾点を教義から見つけられます。

モルモン教会は、”昇栄” を 浄土真宗は ”極楽浄土”他宗教はそれぞれ死後の世界を説きますが、現実的に今生活を送っている社会で通用しないような教義が ”真実”の教義だといえるのでしょうか? 例えば、オウムのように、施設の外はサリンが撒かれているから 外に出ては行けないと教えられて、上九一色村にサティアンからでないで、お風呂も入らないで髪の毛にシラミがたかっていることにも満足する生活を送っていて、本当に幸せなのでしょうか?教会の教義はその程度のものです。私は、教会の教義に従って生活してきて えられたものは ”教会が間違っている”という確かな知識だけで、失ったものは キャリア、学歴、恋人、両親との絆、家・・・・等など 計り知れません。一つ一つお知りになりたいのでしたら、ぜひ この場で具体的に御自身が信じている事を書いていただいて、一緒に考察してみませんか?

メッセージ to : ゆな Mail : yuna@po.teleway.ne.jp Time : (99年2月7日<日>23時47分)


Name : 個人 Time : (99年2月8日<月>08時56分)


同感です。

個人さんへ、

しかし現実に目をむけると、モルモン教会の教義に従い本当に”昇栄”できるのか?考えたとき、多くの犠牲を払い 閉鎖的な教義の範囲で生活するほど価値のある宗教ではない事を、我々は判ってきました。

判った以上、それを、熱心に教会を信じている人たちに伝えるのが、我々 教会から離れたものの義務だと考えています

個人さんに同感です。
あなたが失われたものの大きさは、もちろん私にはすべてはわかりません。
でも、少なからず私も大切なものを自分の選択と思い、自ら失いました。その無念さはわかるつもりです。
そして、こんな思いを他の人にはして欲しくないという思いです。

以前、ハワイのポリネシアンセンターの件が話題になっていましたよね。教会運営なのになんでメニューにコーヒーがあるの?ということでした。それについての活発教会員からの返答はないようですが、それは
ともかく、私も昨年ハワイに行ったとき訪問者センターに寄ってみました。
そこで昇栄や結婚について宣教師といろいろ話しました。
私の意地悪な質問(と言っても、ごく一般的で素朴な質問ですが、
教会員はいたく傷つくらしいのであえてこう書きます)にやはり
こう答えるだろうなと予測出来る答えしかきませんでしたが、
そうしか彼らも言いようがないんでしょうね。
少し前の自分もああだったと思うと、教会を信じきっている
ときに何を言われても、聞く耳をもてないという状況はわかります。
でも、やはり少しでもはやく教会の実態にきずいて欲しいという
気持ちに変わりはありません。
言い続けることしかないと思います。
教会への疑問を私に投げ続けてくれた友達に、今はとても感謝しています。


            

Name : 右近 Time : (99年2月8日<月>16時23分)


Re同感です。

<引用文>

個人さんに同感です。
あなたが失われたものの大きさは、もちろん私にはすべてはわかりません。
でも、少なからず私も大切なものを自分の選択と思い、自ら失いました。その無念さはわかるつもりです。
そして、こんな思いを他の人にはして欲しくないという思いです。


<コメント>

熱心に私のつたない文章を読んでくださりありがとうございます
http://member.nifty.ne.jp/tocchi/

Name : 個人 Time : (99年2月9日<火>10時08分)


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