辞めるに辞められない


むずかしいです

はっきりいって、ゆれています。このまま教会に行かなくなってしまっていいものかどうか。

いろんなことがありました。教会は、私の青春そのものでした。よい友人にもめぐまれ、楽しい
毎日を送っていました。だから、教会に入ったことで「被害者」という意識はまったくありませ
ん。でも・・・・。

教会に行かなくなって1年が過ぎました。7年も積極的に集ったのにね(^^;。それでもやめてし
まう勇気もなくて苦しんでいます。夫はとっくの昔に信仰をなくしてしまっているし・・・・。

Name : ゆな Time : (99年1月7日<木>01時42分)


ゆなさんへ

ゆれる気持ちお察しします。私も過去に何度も教会を辞めようと
悩んだ経験を持っています。

教会を辞めろとも、残れとも私には言う権利はありません。私には
あなたが、ご自分にとって良い結論を出せるように祈るしかできま
せん。この掲示板では、辞めた方が賢明というレスを出される方や
残れという人もいるかと思いますが、どうぞあなた自身の意志で
たとえ時間がかかっても悔いのない結論をだしてください。

ゆなさんが、良い結論をだせるように、お祈りします。

Name : BRAVE Mail : miyata86@tky2.3web.ne.jp Time : (99年1月7日<木>06時47分)


ゆなさん、、

ゆなさん、こんにちは。
わたしも教会の中に(外にも)良い友達に恵まれたことに感謝しています。
そんな友達のなかに相談にのってくれるような人はいらっしゃいませんか?。
教会の中でも外でも親身になってくれる友達はありがたいものです。
それから教会をやめるかやめないかではなくて、信仰をやめるか
やめないか、、と考えてみてはどうでしょうか。
教会に行くという行動は信仰を続けていく上での一つの方法です。
ということは、他の方法(祈る、聖典を読む、など)だけでも
とりあえずは信仰は続けられます。
今ゆなさんに大事なのは教会よりも家族の方だと思います。
御主人や子供達をこれまでどおり愛してください。
たとえ御主人が信仰をなくしてしまってもです。
「慈愛は長く耐え忍び、親切であり、ねたまず、誇らず、
自分の利益を求めず、容易に怒らず、悪事を少しも考えず、
罪悪を喜ばないで真実を喜び、すべてを忍び、すべてを信じ、
すべてを望み、すべてに耐える」
モロナイ7:45

ゆなさんが7年間教会で学んだことは決して空しいことではありません。

Name : いと Mail : Time : (99年1月7日<木>14時05分)


悩める人へ

ゆなさんwrote:

>だから、教会に入ったことで「被害者」という意識はまったくありませ
>ん。でも・・・・。

>教会に行かなくなって1年が過ぎました。7年も積極的に集ったのにね(^^;。>それでもやめてしまう勇気もなくて苦しんでいます。夫はとっくの昔に信仰を>なくしてしまっているし・・・・。

なぜそこまで苦しまれるのでしょうか? 十分、「被害者」としての資格をお持ちのように感じます。
ゆなさんにあてはまるかどうかはわかりませんが、一般論として、教会によるマインド・コントロールの巧さは、不活発になる会員に、自分が悪いんだ、と思わせるところにあります。そこから吹っ切れた時、わたしたちは自由になることができます。


http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/profile.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年1月7日<木>19時35分)


ゆなさんへ

ゆなさん

既に森さんが指摘していますが

>教会に行かなくなって1年が過ぎました。7年も積極的に集ったのにね(^^;。それでもやめてし
>まう勇気もなくて苦しんでいます。夫はとっくの昔に信仰をなくしてしまっているし・・・・。

止めるのに勇気が必要というところが、カルトなのです。
私は思ったのですが、
どうしてそんな勇気が必要なのでしょうか?
マザーテレサはモルモン教会にいった事がありませんが
救われないのでしょうか?
モルモン教会にいかなくても
神様の御心はおこなえるし、
行わなくても、神様は別に怒らないでしょう。

もっと広く考えて下さい。

いとちゃんがいっている愛の実践ていうことをすると、
自然と教会から離れるのです。
不思議な事に(^-^;)
だから教会にいくことより、愛の実践
つまり旦那様と同じ価値観にたって
幸せになることが大切だと思いませんか?

すべてを受け入れるわけです。
抜けるのにおびえなければならない宗教は
オウムやその他の新興宗教と同じ
カルトであることを
どうか覚えて下さい。


http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年1月7日<木>21時32分)


レスありがとうございます

どうして私がお休み会員をやっているのか、正直言ってよくわからないんです。
信仰がなくなったわけでもないし、モルモンが真実ではないと言いきるほど、
今まで信じていたものをなくしてしまうこともできないからです。

独身のときに集っていたワードは大きくて、聖餐会に200人も集うようなとこ
ろでした。SAだけでも40人くらいいて、SA代表だった私は、定期的に全員
に手紙を出したり、大変ながらも楽しかったのです。

結婚してから集った場所は、ちいさな支部でした。とてもアットホームでみんな
仲良しでした。でも、私の知っている人はだれもいませんでした。だから、ちょ
っとつまらなくなったというのもあります。

夫は教会員ではありませんでしたが、結婚するなら当然神殿結婚と決めていたの
で、結婚3週間前にバプテスマを受けました。入籍してから1年がんばって、神
殿で結び固めをしました。が・・・・。それからすぐに行かなくなってしまったので
す。

夫は最初からモルモンになることに積極的ではなかったようです。私と結婚した
いから、神殿に行くと約束したから、無理をして一生懸命がんばっていたそうで
す。私はそれに、まったく気がつかず、しかも「信仰生活=人生を男の人にひっ
ぱっていってもらいたい」という願望から、夫に無言のプレッシャーを与えてい
ました。私のほうが教会のことを知っているのだから(6年ちがうし、インステ
ィテュートも卒業した)、もっといろんなことを教えてあげなくちゃと思ってい
たのです。

夫が苦痛に感じていることに気づいてからも、私の証と信仰と神様の助けでなん
とかなる。と思っていました。だけどなぜかけんかは増え、離婚まで考えるよう
に(;_;)。神様はどうして助けてくれないのかと思いましたね。モルモンの神様
が真実ならば、夫を改心させることなんてたやすいはずなのに。これが私に課せ
られた試練なのかとも思いました。だけどそう思えば思うほど、夫との距離は離
れていくばかりだったんです。

今、モルモンから離れてみてはじめて、家庭の中に平安があります。皮肉なこと
ですね。たとえば、一緒にお茶を飲むことで、楽しく会話する時間が取れるよう
になりました。前はあれはだめこれはだめと、カフェインフリーでなおかつおい
しい飲み物を探すことに躍起になっていたのに。

モルモンを離れても、いい人間でいたいという思いは同じだし、モルモンの教義
にしばられない生活をしてもいいんじゃないかと最近は思うようになりました。

最初にゆれていますと書いたけど、実は私の中ではもう、結論は出ているのかも
しれません。

Name : ゆな Time : (99年1月14日<木>03時03分)


真実は心の中にあるというなら

ゆなさん>>

> 今、モルモンから離れてみてはじめて、家庭の中に平安があります。

そうなのです。それが事実なのです。ところが教会はそれを騙すのです。

昔聖徒の道の中に、ある家族が教会に行こうと子供たちを引き連れて車にのっていると、別の家族がワイワイとピクニックにいくのとすれ違いました。
その時その子供たちは親にむかって「でも僕達の方が本当は幸福なんだよね。」といったといかにも感動的に書いてありました。
これが洗脳なんですよね。(^-^;)

その子供達は事実を事実と受け入れず、自らを縛る事で、不幸な状況(ピクニックに楽しくいけないこと)をごまかしていたわけです。

教会を離れた方が遥かに家庭の平安であるという事実を教会員は認めないでしょう。
「私達の方が本当は幸福なんだ。」と自己催眠を掛けながら、やっきな人生をおくらせるのです。

最近似たような事象に出逢いました。反モルモンオフ会があって、みんな楽しかったと正直な感想をのべているのに「見ていると無理している見たいですね。不幸じゃないですか?」みたいな事を言われて面喰らいました。

「でも僕達の方が本当は幸福なんだよね。」

と同じようなもので、洗脳がぬけきっていない人がいるのだと痛感しました。

末日聖徒に加わると言う事は、素直にものがみえない、色眼鏡で見る事を意味します。
つまり教会を集わない方が幸福なのに「実はあれは幸福ぢゃないんだ」という視点を養わされるのです。そして不幸な自分達の状況を「幸福なんだ」と思い込ませる。

恐ろしい事です。

真実は心でわかるというなら、
ゆなさんは今、幸福だと感じる気持ちこそが真実なのです。
それだけでも、末日聖徒が間違っているという事がわかります。

モルモンの教義に縛られない生活こそ、
本当の幸福であり真実がある世界なのです。
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年1月14日<木>11時23分)


ゆなさんへの伝言

昨日、以下の個人メールを受信いたしました。送信者のご希望により、当「啓示版」に転載させていただきます。

*************************************************************

 「聖徒の未知」オーナー 森さんへ
 
  初めまして。私は元教会員だった者です。
昨年の秋に「聖徒の未知」のホームページを知り、もっと早くこのページをみていたらこんなに苦しまなくても良かったかもしれない、と思うほど私の気持ちを的確に表現してあり、他にも同じ思いを抱いている人がたくさんいるとわかって、正直言ってほっとしました。インターネットでの活動?が負け犬の遠吠えとは思いません。事実、私はHPで教会について今まで知らなかった、というより知らされていなかった事を知ることが出来ました。

 教会員しとて人生をまっとうできなかった自分が悪いように感じたり、教会に疑問を持つ自分を否定したり、モルモン教会が唯一真実の教会であるという前提に物事を考えていた頃は、なんと苦しい日々だったのかと思います。そしてその苦しさ、辛さが今もずっと続いている事が恐るべしモルモンマインドコントロールなのでしょぅ。

実は「アナホリ」に書き込みをしたかったのですが、パソコンにうとくてどうしたらいいかわからず、オーナー宛にメール送らせていただきました。夫婦の関係について書いていらした、ゆなさんにお伝えしたいことがありました。
ゆなさんの気持ちとってもわかります。私も同じような気持ちになったことがあります。状況は違いますが、いつも一瞬一瞬が彼をとるか教会をとるかという葛藤の連続で、結局私は教会の教義とやらを選んでしまいました。その結果・・・私の周りで幸せになった人は誰一人としていないように思われてなりません。もちろん幸せ指数は測れませんが、私が自分の気持ちに正直になっていたらと悔やまれます。

悩んでいた頃、ある人に言われたのですが「もし自分が親だったら、どう
思いますか?」と。その時私は教会員としてリッパに「天夫の御元に帰れるように選択してほしいと思う。」などとぬかしたような記憶があります。でも、どんな選択をしようと我が子を信頼し見守りたいというのが本当の気持ちだったように思います。戒めを守っていても本人が幸せと思えない生活をしているのを見るのは親としてきっと辛いだろうと思います。ゆなさんが今、心に安らぎをお持ちなら、その気持ちに正直になって何がいけないのでしょう。ゆなさんもゆなさんのパートナーも、もう十分モルモンに多くの時間と労力とお金を費やしてこられたとお察しします。ゆなさんがどれだけ、教会に従順であろうと努力されたかは、ご本人が一番よくわかっていらっしゃると思います。よく耐えてきましたね。でも、もういいじゃありませんか。私は「信仰に生きたい」などと言って大切な人を自分からなくしてしまいました。そして私の無知のために大好きだった人まで傷つけてしまいました。(聖徒の無知も恐ろしいものです)とても、とてもとても悔やんでいます。

ゆなさんに私のように悔やんでほしくなくて、メールしました。どうぞ、パートナーとお幸せにね。随分長い文になってしまい申し訳ありません。森オーナー、抜粋してでもアナホリに書き込みしていただけないでしょうか。よろしくおねがいします。

次回は自分でできるようやってみます。
(以下、本人の実名があるので、削除)

*************************************************************

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/profile.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年1月15日<金>16時56分)


森さん経由で伝言をくださった方へ

ありがとうございます。あなたの言葉にはとても感謝しています。
私も考えてみれば、小さい頃から神様を信じていて、モルモンに入る
ずっと前から、神様に助けられてきました。特に宗教を信じていると
いうわけではなかったのですが、神様だけは信じていたのです。

モルモンに入ってからはモルモンの教えが唯一真実だと信じていまし
たし、みんなと一緒に昇栄したいと真剣に思っていましたので、ほん
とにがんばっていました。悲しい事にそのことでたくさん夫を傷つけ
てしまいました。そういえば、独身時代も教会を優先したために、母
を傷つけていたんだなぁと今更ながら気づきます。

結局はモルモンで幸せになれるのは、一家そろって信仰している人だ
けじゃないでしょうか。子供が教会を優先すれば、これほどうれしい
ことはないですものね。

私が夢見ていた永遠の家族っていうのは、いったい何だったのでしょ
うね(^^;。

ただ、私はまだ皆さんのように完全に「モルモンをやめてよかった」
と思える段階にはありません。心のどこかに、まだふっきれないもの
があるのです。だから苦しいのです。お茶を飲むときも、なんとなく
罪悪感を感じてしまうのです。お酒はまだ飲めません。また教会にい
きたいなぁという気持ちも多少は残っているのです。

・・・・やっぱり苦しいです。


Name : ゆな Time : (99年1月20日<水>03時26分)


家族の事 そして 「罪の意識」

ゆなさん。

背教者と活発会員とゆう不安定な夫婦関係のるう家です。
しかし、うちはそれはそれで結構にぎやかにかつ幸せにやってます。娘も中2になったので時々やる夫婦の宗教論争にも最近はモルモンサイドで参加してきます。しみじみ思うのはもし私がまだ熱心で教会を続けていたならこうしたいわば白熱した議論はかえってなかっただろうなあってことです。妻にすれば「神権者たる夫」の意見ということで支持することで執拗に自己の主張を述べる事などもないでしょうね。また、もちろん教会の言う事が神様のみ旨のとおりか否かなんて問題が話題にのぼることは多分なかったことだろうと思います。
もちろん、こうした不安定が板につく(変な言いようですが・・・)までかなりの修羅場がありましたが。
夫婦とか家族ってホントよく分からないものですね。

お茶をお飲みになられるときなど、罪悪感をお感じになったりするのですか。ちょっと変な例えですが電車でご年配の方に席を譲りそびれた時なども罪悪感を人は感じると思うのです。それはその人に善意を示せなかったという「罪の意識」ですね。で、ゆなさんの罪悪感は「自分が救われるために守るべき戒めを破っている」という「罪の意識」だと思うのです。本当に人が克服すべき「罪の意識」は前者の方ではないでしょうか?
「自分の命を捨てるものはそれを得・・・」という聖句がありましたね。そう考えてみれば如何かとふと思ったのです。

http://www3.osk.3web.ne.jp/~hidekio/

Name : るう Mail : hidekio@osk3.3web.ne.jp Time : (99年1月21日<木>00時39分)


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