真実と裏付け


唯一真実

A=真実
B=真実
よって
A=B
もしAとBに相違点が有れば
結論は、
Aが真実でBは真実でない
又は
Bが真実でAが真実でない
あるいは
AもBも真実でない
となるのではないのでしょうか?


Name : 匿名 Time : (99年1月13日<水>18時45分)


真実の裏付け

オーナーさんは末日聖徒の歴史についてたくさんの資料を集めて
おられるようですが、その蔵書の数は何冊ぐらい有るのでしょうか?
また、その資料の内容が正しいかどうかの裏付けはどのような
方法でされているのでしょうか?
出来るだけ具体的に教えて下さい。

Name : 匿名 Time : (99年1月13日<水>19時12分)


唯一真実って?

> A=真実
> B=真実
> よって
> A=B
> もしAとBに相違点が有れば
> 結論は、
> Aが真実でBは真実でない
> 又は
> Bが真実でAが真実でない
> あるいは
> AもBも真実でない
> となるのではないのでしょうか?

それはいいのですが(^-^;)
何が唯一真実にあたるわけですか?

そもそも真実とは何でしょうか?

あたしの定義では真実とは普遍的なものです。

過去現在未来を通じた知識だと末日聖徒はいっていますが、その通りでしょう。

ただし、単純にそのような真実はほとんどみかけません。ある条件の上にある条件がかさなって普遍的な原則というものが連なるわけですが。

従って、Aが真実だという証明がなされなければ、Aは真実ではなく
Bが真実だという証明がなされなければBもまた真実だとはいえないわけです。
それらは仮説ということになります。
ただ、事物の現象がその仮説の上で説明できるのであるならば、その仮説は限り無く真実に近いと考えられます。

では末日聖徒の事例を見てみましょう。

仮定として末日聖徒を真実だとした場合、現実の末日聖徒の中で行われる様々な現象はそれでは説明がつかないことになります。
ま、いろいろ言い訳はできます。
たとえば、条件が満ちていないとかですね。
しかしすくなくともある程度の条件に見合っているから真実だと主張しているのですから、これは少々いいわけ臭いといえるでしょう。

では仮定として、今度は末日聖徒を真実ではないとした場合、現実の末日聖徒の中でおこなわれる様々な現象について説明が実につきます。

とすならば、末日聖徒は真実でない可能性が極めて高い。ほとんど真実でないと断言してよいほど真実でない事がこれからわかるわけですね。

しかしながらわずかに末日聖徒の中で行われる現象の中には真実だと仮定するとその条件にあう出来事に出会います。
そして、多くの熱心な末日聖徒はそれを証だと主張します。

なるほど、その側面において末日聖徒は真実を持っているとはいえるかもしれません。
しかし、現象査定領域を末日聖徒という枠より広げると、案外末日聖徒以外を真実と仮定としても、同じような現象に説明がつくことに気が付きます。

たとえば神様に祈ったら願いがかなったという末日聖徒がいます。
これを説明するには、末日聖徒が真実であるからという仮定が有効のように見えます。
しかし現実には、末日聖徒以外の宗教信者でも同じようなことを主張する方が多くいます。
太宰府にいってお祈りしたら大学に合格した等ですね。
と、するならば、太宰府もまた真実であると仮定しなければならず、
これは末日聖徒の主張する唯一の真実だという主張、仮定と矛盾するわけですね。

以上の事柄から、末日聖徒の唯一真実であるという主張は極めて怪しい。ほとんど偽りだと断言してもよい程の情報であるという結論に達するわけです。

末日聖徒は唯一真実などではなく、ただの偽りの集団にすぎない。とこういう事ですね。
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年1月13日<水>22時52分)


情報を判断すること

匿名さんwrote:
>オーナーさんは末日聖徒の歴史についてたくさんの資料を集めて
>おられるようですが、その蔵書の数は何冊ぐらい有るのでしょうか?
>また、その資料の内容が正しいかどうかの裏付けはどのような
>方法でされているのでしょうか?
>出来るだけ具体的に教えて下さい。

 蔵書の数はそんなに多くありません。モルモン教を直接扱ったもので、歴史とは限りませんが、10冊くらいです。フリーメイソン関係は4冊あります。他にインターネットサイトからプリントアウトした資料が、厚みとして5センチくらいです。

 モルモン教関係の書物の場合、それらの本が引用している情報のほとんどは、預言者・幹部の説教及び書簡、初期の教会員の残した記録及び書簡、「モルモン書」「誡命の書」の初版、現在使用されている標準聖典などであり、教会側の資料です。一つの事実を裏付ける資料が複数あれば、その情報は信頼性が高いと判断できると思います。それ以外については、ジョセフ・スミスの時代の新聞記事、多妻結婚に関する上院による聴聞会記録等です。それらはすべて、引用の原典が示されており、信頼してよいと思います。

 百歩譲って考えれば、一つ一つの情報について、疑い出したらきりがないということは言えるでしょう。しかし、教会の真実性の否定材料となる情報が、あまりにも多いとなると、それらがすべて信頼できないとすることは、無理があります。また、それらの情報を総合的に解釈すると、教会は真実でない、と結論づけることが、もっとも辻褄の合う説明となります。それはちょうど、天動説では説明のつかなかった惑星の動きが、地動説によってすっきりと解決したことに似ています。

 モルモン教に関する情報に接する場合、「木を見て森を見ない」判断は避けるべきだと思います。教会の真実性を否定する情報の一つ一つについて、例えば「今はおかしいように見えて、将来必ず神様がその本当の意味を解き明かしてくれるでしょう」というような反論をすることは可能だと思います。しかし、そのような情報が、あまりにもたくさんある(実際、モルモン教会独自の教義のすべて!!)となれば、冷静に考えれば、結論は一つしかないでしょう。
 それでもなおかつ、それらすべてについて、神様が説明をなさるとおっしゃるのであれば、それを論破することは誰にもできないでしょう。どうしても教会が真実だと信じたいのであれば、その説を貫くことをお勧めします。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/profile.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年1月13日<水>23時23分)


真実である可能性

匿名さんwrote:
>B=真実
>よって
>A=B
>もしAとBに相違点が有れば
>結論は、
>Aが真実でBは真実でない
>又は
>Bが真実でAが真実でない
>あるいは
>AもBも真実でない
>となるのではないのでしょうか?

 書き込みの意図がわかりにくいです。Aとは教会員の見解、Bとは私の見解、と理解するのが精一杯ですが、正しいでしょうか?
 確かにAとBには相違点があります。私は「Bが真実でAが真実でない」と主張している、と見立てているのですね? そして、「AもBも真実でない」という可能性もあるではないか、とご指摘なのですね?

 「可能性」をおっしゃるならば、どんなことだって可能性はゼロとは言えないでしょうね。もしかしたら、地球は平らかも知れないし、月の地下には宇宙人の帝国が存在するかも知れません。

 あとは、このHPを閲覧する方のご判断にお任せするしかありませんね。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/profile.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年1月13日<水>23時25分)


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