指導者への絶対服従


森さんへ

(この部分、省略)

>たとえ指導者が間違っていても指導者に従いなさい、そうすれば神はあなたを善しと
>される、ということを言っている幹部もいます。また、一度預言者が口を開いたら、
>考えることは終わりだ、と言っている幹部もいます。

わたしはこの言葉は聞いたことがありません。
本当に指導者の言葉なのかどうか、誰がいつどこで言ったのかを示してください。
わたしも「指導者を妄信してはいけない」と言った指導者を調べてみますから、、。

、、ということで誰がどこで言ったんでしたっけ?>>やっくん(^-^;)

>いったい、どれがあなたの教会
>の教義なのですか? また、指導者とはどのレベルまでのことを言うのですか? 預
>言者も含まれるのですか? 預言者も含まれるとしたら、預言者に従いなさいという
>教会の教えはどのように理解すべきなのですか? 預言者でも間違ったことを言うと
>するのなら、この教会の教義はどれほどあてになるのですか?

どれが教会の教義なのかは森さんが書かれた指導者の言葉を知らないので何とも
言えません。(誰がいつどこで言ったか調べられますか?)
でもわたし個人としては例え指導者( 預言者を含む)でも妄信したく
はないです。

Name : いと Mail : Time : (99年1月6日<水>23時28分)


指導者に従うこと、Part1

1945年5月26日付け「Deseret News」紙に掲載された「ワード・ティーチャー(現在のホーム・ティーチャー)メッセージ」より。

私たちの指導者が語る時、考えることはすでに済んでいるのである。彼らが計画を提示すれば、それは神の計画なのである。彼らが道を示せば、安全な道は他にはない。彼らが方向を示せば、議論の終わりを意味し、神はそれ以外の方方でみ業を行うことはない。すぐに悔い改めをせず。それ以外の考え方をすると、その人は信仰を失い、証を破壊し、神の王国にふさわしくない者となりかねないのだ。

"When our leaders speak, the thinking has been done. When they propose a plan--it is God's Plan. When they point the way, there is no other which is safe. When they give directions, it should mark the end of controversy, God works in no other way. To think otherwise, without immediate repentance, may cost one his faith, may destroy his testimony, and leave him a stranger to the kingdom of God."

*同文は、教会機関誌「Improvement Era」1945年6月号にも掲載された。

***********************************

1960年10月の総大会で、マリオン・G・ロムニー副管長がヒーバー・J・グラントの言葉を引用して語った。

教会の大管長に常に注目していなさい。そして、もし彼がどんなことでもあなた方にするよう告げたなら、たとえそれが誤っていて、あなたがそれを行ったとしても、主はそのことであなたを祝福されるだろう。しかしあなた方は心配する必要はない。主はその代弁者に人々を道に迷わせるようなことはさせないからである。

"Always keep your eye on the President of the church, and if he ever tells you to do anything, even if it is wrong, and you do it, the lord will bless you for it but you don't need to worry. The lord will never let his mouthpiece lead the people astray."

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/profile.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年1月7日<木>00時40分)


指導者に従うこと、Part2

1994年11月号の「Ensign」に掲載された七十人第一定員会会長会のL・アルディン・ポーター長老の言葉。

何年か前、ジョセフ・フィールディング・スミス大管長がこの演壇に立った時、私はこのタバナクルで席に着いていた。それは1972年4月の大会の神権部会の時であり、それはスミス大管長が亡くなる前の最後の総大会であった。彼はこう言った。「われわれが心に非常に明確に思うべきことが一つある。教会の大管長も、大管長会も、また大管長会と十二使徒の共同声明も、聖徒達を道に迷わせたり、主の御心と意思に反する勧告を世に向かって行なうことは、決してない。

"I sat in this tabernacle some years ago as President Joseph Fielding Smith stood at this pulpit. It was the general priesthood meeting of April 1972, the last general conference before President Smith passed away. He said: 'There is one thing which we should have exceedingly clear in our minds. Neither the President of the Church, nor the First Presidency, or the united voice of the First Presidency and the Twelve will ever lead the Saints astray or send forth counsel to the world that is contrary to the mind and will of the lord'."

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1992年10月の総大会でのボイド・K・パッカー長老の言葉。

正式に聖任され、公に支持されているあなたの指導者に従いなさい。そうすれば決して道に迷うことはないだろう。

"Follow your leaders who have been duly ordained and have been publicly sustained, and you will not be led astray."

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「Ensign」1979年8月号でのN・エルドン・タナー副管長によるメッセージ。

預言者が話す時、討論は終わる。

"When the Prophet speaks the debate is over".
http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/profile.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年1月7日<木>00時43分)


森さん

指導者の言葉ありがとうございます。
今度は私も調べる番ですね。
ちょっと待っててください。
それから自分なりにこれらの意味の違いについて
調べるつもりです。

Name : いと Mail : Time : (99年1月7日<木>00時59分)


情報の価値

いとさんwrote:

>指導者の言葉ありがとうございます。
>今度は私も調べる番ですね。
>ちょっと待っててください。
>それから自分なりにこれらの意味の違いについて
>調べるつもりです。

別に無理をなさらなくても(^_^;)。むしろ、モルモン教会の教義が一貫していないことを証明することになってはマズいのでは、と心配します。
意味の違いについて調べる、ですか。素直に解釈すると誤解されるような言葉を幹部が発言していることの証明になってしまいますね。

(この部分、省略)

http://www2s.biglobe.ne.jp/~exmormon/claims/profile.htm

Name : 「聖徒の未知」オーナー HANK@森 Mail : mori-hdk@shonan.ne.jp Time : (99年1月7日<木>19時34分)


「ブリガム・ヤング『説教集』より

森さん。
先週から突然いなくなってしまって申し訳ありません。
実はインフルエンザにかかってしまい、ベットの上で
のたうちまわっておりました、、、ので、私が調べる分
の書き込みが遅くなってしまいました。
とりあえず以下の文章を載せておきます。
(皆さん、インフルエンザにはくれぐれもご注意を、、。
今度のは大変苦しい思いをいたしました)

「ブリガム・ヤング『説教集』9:150」からの引用。
「わたしはこの民が指導者に対してあまりにも信頼を寄せ、
指導者が神に導かれているかどうか自分で神に尋ねなくな
ることの方を心配している。彼らが無謀な信頼を持って自分
たちの永遠の行く末を指導者の手に委ね、盲目的な自己暗
示の中に得心することを私は恐れる。そのような状態にある
と、彼ら自身の救いの面で、神の目的が妨げられる。そして
イエスの啓示により自分たちが正しく導かれていることを自
分で知ることができた場合に、指導者に及ぼすことの出来る
力が弱められる。男の人も女の人も、自分たちにささやきか
ける神のみたまによって、指導者が正しく主の道を歩んでい
るかどうか分かるようにならなければならない。」

Name : いと Mail : Time : (99年1月13日<水>23時27分)


ブリガム・ヤングの説教>>洗脳のテク

いとちゃん>>

> 「ブリガム・ヤング『説教集』9:150」からの引用。
> 「わたしはこの民が指導者に対してあまりにも信頼を寄せ、
(後略)

これ読んだ事ありますが、しかし

> そして
> イエスの啓示により自分たちが正しく導かれていることを自
> 分で知ることができた場合に、指導者に及ぼすことの出来る
> 力が弱められる。男の人も女の人も、自分たちにささやきか
> ける神のみたまによって、指導者が正しく主の道を歩んでい
> るかどうか分かるようにならなければならない。

というのは、言葉は違いますが、盲従しろっていう事です。

つまり、盲従はいかん。だが盲従しなさない。っていう文章なので勘違いするんですよね。
というのは、盲従することと「イエスの啓示により知ること」と同意義ですから(^-^;)
結局、感覚に頼って指導者がやっていることは正しいと思えといっているようなものではないですか?
指導者は間違えない。ただ、それを自分の感覚で確かめなければならない。って事なわけです。

しかし、その指導者の指導が正しいかどうか知るのは、啓示によるのではなく、客観的評価によらなければなりません。啓示はあまりに主観的すぎるからです。

そして最後に、指導者が間違える可能性など一言も言及していません。

結局教会の手口はみんなこんなようなものです。
純潔の律法を守れ。そして多妻結婚しろ。
こういう表現をされれば、多妻結婚は純潔の律法と矛盾していると思わないですからね。
このように言葉のマジックを書けてしまうのです。
これが洗脳の手口です。

どんな社会の成功より家庭の失敗はつぐなうことはできない…といいながら、その実に日曜日は責任づけで家庭を顧みられない(^-^;)。
そういう家庭で耐える家族、妻はすばらしいと賞賛する。結局矛盾と犠牲を言葉巧みに騙してるんですよ。

自由意志といいながら、唯一だ。これでは自由意志なんて望めません(^-^;)。

教会の騙しのテクニックには気を付けましょう。(しかも都合の悪い情報は隠す(^-^;))
http://www.kis-net.ne.jp/user/yakkun

Name : やっくん Mail : yakkun@kis-net.ne.jp Time : (99年1月14日<木>11時21分)


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