霊感訳聖書の人種差別の教義

 モルモン教会第10代大管長、予言者ジョセフ・フィールディング・スミスはジョセフ・スミスが霊感によって改訂を進めていた霊感訳聖書についてこう述べています。

「ジョセフ・スミスが主から命じられて行った聖書の改訂は完全なものではない。聖書の中には意味が不正確であるにもかかわらず予言者が改訂しなかった箇所が沢山ある。彼は当時主から許された範囲で改訂を行った。彼はもっと進める予定でいたが、迫害のため達成できなかった。しかし、彼の進めた範囲の改訂は非常に有用である。大きな誤りが訂正されたからである」(救いの教義:邦文3巻172頁)

 
そして、世間で流用している間違いがあるままの聖書についてはこう述べています。

「この教会は欽定訳聖書を用いている。それはこれが人の力によって翻訳されたもののうち、最も良い翻訳だからである」(171頁)

 
1611年に印刷され、その後270年間は改訂されることがなかったこの翻訳は確かに名訳で美文の誉れも高いのですが、現代では最良の翻訳だとは言えないでしょう。
 それはさておき、その事業をまっとうできなかったとは言えジョセフによって改訂された箇所は
聖書の誤りを正す有用なものであると言っています。つまり、正統キリスト教が明らかに間違った聖書解釈をしていた点は「霊感訳聖書」が訂正してくれているはずなのです。 聖書を根拠にした非人道的行為があれば、それについて「霊感訳聖書」が解決を与えてくれているはずであり、そうであれば、紛れもなくそれは真実な神の書物だと判断して差し支えないでしょう。

 そこで、
人種差別の問題を取り上げてみました。

 アフリカ系人種の差別も聖書にその根拠があると一部には主張されて来ました。その箇所は以下の創世記9章20〜27節です。
 先ず日本語訳

「さてノアは農夫となり、ぶどう畑をつくり始めたが、彼はぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。カナンの父ハムは父の裸を見て、外にいるふたりの兄弟に告げた。セムとヤペテとは着物を取って、肩にかけ、うしろ向きに歩み寄って、父の裸をおおい、顔をそむけて父の裸を見なかった。やがてノアは酔いがさめて、末の子が彼にした事を知ったとき、彼は言った、『カナンはのろわれよ。彼はしもべのしもべとなって、その兄弟たちに仕える』また言った、『セムの神、主はほむべきかな、カナンはそのしもべとなれ。神はヤペテを大いならしめ、セムの天幕に彼を住まわせられるように。カナンはそのしもべとなれ』」

 アフリカ系人種の祖とされるハムの息子カナンはノアからセムとヤペテ(の子孫)のしもべになるよう呪いを受けたというのです。この箇所が、後世の奴隷制度容認の根拠とされた事は有名です。

 さて、霊感訳聖書を見てみましょう。私の手元にある

「Joseph Smith's "New Translation" of The Bible」はありがたい事に欽定訳と対訳になっています。
 ノアがカナンに呪いをかける箇所ですが、
 欽定訳では
「And he said,Cursed be Canaan;a servant of servants shall he be unto his brethen.」
となっていますが、霊感訳では
「And he said,Blessed be the Lord God of Shem;and Canaan shall be his servant,and a veil of darkness shall cover him,that he shall be known among all men.」
と結構文節が増えています。

その内容はしもべになれと言った後「暗いベールが彼を覆うだろう。そしてそれで全ての人に知られるだろう」という文言です。ノアの呪いによって肌が黒くなったとはっきりと述べているわけです。冒頭のジョセフ・フィールディング・スミスの弁を借りれば、「非常に有用で、誤りが訂正された」箇所となるわけです。
当時間違って解釈されていた聖書の箇所(そうした解釈をしていたのも一部のキリスト教会でした)を訂正して、
却って差別を助長する内容を述べているのがこの『聖書』なのです。一体どんな霊感をジョセフ・スミスは受けていたのでしょうか。ジョセフの受けていた霊感や啓示が神からのものではないと言うことがこの部分からだけでも明確であり、その後の大管長(予言者)も非人道的な思想を継承していることがはっきりしているのです。

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