カインと会った十二使徒

 モルモン教の教義には神の呪いを受けたものは皮膚の色が黒くなると言うものがあります。最初にこの呪いを受けたものは兄弟アベルを殺したカインです。創世記4章15節にある、「カインに付けられたしるし」というのが、モルモンでは皮膚が黒くなるということだというのです。そしてカインは死ぬ事が出来ないという呪いも受けたとモルモン教は教えています。カインは死ぬ事も出来ず地をさすらう者となったわけです。
なんとも神話的物語、オカルティックなお話しですが、聖書のこの箇所はどう解釈すべきなのでしょうか。当時、カインはケニ人の祖先と言われていました。ケニ人は額に十字の刺青をしていました。それを神の呪いと言っただけであり、肌の色は関係ないのです。また、彼らが住み着いていたところがノドという地名だったのですが、ノドとは「さまよう」という意味があったのです。ごく素朴な由来譚なのです。
ところが、モルモン教ではこのカ
インが現在も生き続けていて、神の業(モルモン教の活動)を妨害し続けていると信じられていました。そしてそれは後述の通り、人種差別の教義に基づいているのです。初期のモルモン十二使徒デビッド・パッテンはそのカインに会った人物として有名でした。
「デビッド・パッテンの生涯」(「Life of David W. Patten」:Lycurgus A. Wilson)という書籍があります。邦訳はありません。英文では
New Mormon StudiesというCD-ROMに主な内容が含まれています。
この伝記ではすでに冒頭のパッテン紹介の部分で「カインと向かい合った事」を彼の人生の一大エポックとして述べています。では、パッテンのこの不思議な体験とはどんなものだったのでしょうか。

1836年の春、テネシーに彼が到着してからそんなに後ではなかたっに違いない。デービッドは、彼の生涯の最も驚くべき経験をした。彼はその時、パリからやって来ていたレビ・テーラー(アブラハム.O.スムートの継父)と彼の家を作っており、約16マイル先でのミーティング開催のためそこから離れて行った。
 家までラバに乗って帰った夕方、ちょうど道は藪が密生している所を通り抜けていたが、そこは「荒野」と呼ばれる地域であった、突然彼は傍らに彼が乗ったラバと歩調を合わせて歩いている人物がいることに気付いた。(Lycurgus A. Wilson, Life of David W. Patten, Ch.5, p.57)

この記事に続く箇所を20世紀後半の予言者、スペンサー・W・キンボールがこれを自著「赦しの奇跡」で紹介しています。日本語版のP136〜137に以下の通り記述されています。

 ライカーガス・A・ウイルソンが書いたデビッド・W・バッテンの生涯に関する著書に,悲しむべき人物カインの興味深い描写がある。この本に登場するアプラハム・O・スムートの手紙から一部を引用することにする。彼はこの手紙でデビッド・バッテンが「カインと自称する」驚くべき人物に出会ったことに触れている。
 ラバに乗って道を進んでいたとき,ふと気がつくと,私の傍らを異様な風体の男が歩いていた。・・・・・・彼の背丈は,ラバに乗っている私の肩位までもあった。衣服はまとっていず,体毛におおわれていた。皮膚は黒かった。どこに住んでいるのかと尋ねると,彼は家を持たず,放浪者であって,あちらこちらとさ迷っているとのことであった。彼は,自分は非常にみじめな人間であって,この世に生きていながら真剣に死を願ってきたが,それが果たせなかった。自分の務めは人々を滅ぼすことであると語った。彼がここまで語ったとき,私は主イエス・キリストのみ名と聖なる神権の力によって,彼を叱責し,立ち去るように命じた。すると彼はたちまち視界から消えた。

20世紀後半の予言者スペンサー・W・キンボールがこんなオカルトを信じて、紹介しているということだけでも驚きですが、注目して欲しいことは、モルモンではカインは神の呪いによって肌の色が黒くなったと言うことであり、キンボールがカインが死ねないという呪いを信じていることは即ちカインは「黒人」であると信じているということなのです。キンボールはアフリカ系人種に神権を与える決定をしましたが、決して自ら進んでこれを行ったのではなく、本質的に人種差別主義者であったと言うことがこの記事から分かるのです。

カイン(?)がどのような妨害を行っていたかも伝えておきましょう。
パッテンの他にも有名な話はジョージアの町の白人区画を巡回していた宣教師が「カインである
巨大な黒人(原文ではblack Negroと記載)がドアにやって来て、彼らにわいせつな言葉を浴びせ、宣教師が恐怖を感じて逃げ去ったというものです。伝道部長はその区画での伝道を禁止したとの事です。(Sunstone 5:6/9:Nov 80)
一読してお分かりのようにこれは単にアフリカ系人種の方に玄関口で伝道を断られただけのことだろうと思われます。その際に汚い言葉を使ったのでしょう。たわいもない出来事です。些細なことですが、
差別の意識と伝道のストレスが話を膨らませて、カインの妨害と言う風聞を生んだのでしょう。 

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