障害者は前世で罪を犯してきた

モルモンの人種差別の教義の理由は次のようなものでした。
私たちが今生きている現世の前に前世と言う世界が存在し、そこで人類は霊の状態で生きていた。人はそれぞれが自由意志に従って行動していたが、天の戦いで勇ましく戦わなかったものは肌が黒くなると言うのろいを受けた
人種の問題に留まらず、前世での行いが現世に影響すると言うのはモルモン教では一般的な教えです前世の行為が現世の報いとなって、この世で生まれてくる状態に格差を与えられていると言うのです。生まれつきハンディキャップを持った人や、モルモンの教えを聞けない地域に生まれた人は、前世でそれなりのふさわしくない状態であった事の報いを受けていると教えられるのです。逆にモルモンに改宗する人やモルモンの家系に生まれてくる人たちは前世は優れた霊であったと言う事になります。
もちろん、今の時代、おおぴらにこんなことを教えていると大変なことになります。これも今では隠れた教義なのです。
モルモンの大管長予言者ジョセフ・フィールディング・スミスの「障害者差別の教え」を見てみましょう。著作「完成への道」からの引用です。

ある人は誕生以前に罪を犯した

人が誕生前にいろいろな面て罪を犯し得た,また実際に犯したというこの教義は,古代によく理解されていた。私たちは,生まれつき目の見えない男について,出された質問にこの例を見ることができる。もしこの質問が適切なものでなく,この教養が間違っているなら,救い主は次のように言って,これを訂正されただろう。「あなたは間違っている。なぜなら,人は生まれる前に罪を犯すことができないからである。」と。しかし主はこのように言われなかった。むしろ次の説明に示されるように,主はその答えの中でこの教義を確認されているようである。「本人が罪を犯したのでもなく,また,その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが,彼の上に現われ神のみわざが,彼の上に現われるためである。」
                   「完成への道」30頁

これはヨハネ伝9章1〜7節を元にしています。同箇所も引用してみましょう。

さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。わたしは、世にいる間、世の光である。」こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。

エスは障害は罪によるものではないと明確に否定しているのです。素直に読めば誰にでも理解できることです。ここからどうしてイエスが前世での罪の報いを語ったとなるのでしょう。モルモンの予言者は「イエスが前世では罪を犯せない」とは言っていないので、この障害者は前世で罪を犯したのだと言うのです。これは詭弁以外何物でもありません。
それどころか、本人のせいでも親のせいでもなく、前世の行いが『神のみわざが,彼の上に現われ』たせいで、生まれつきの視力障害となった、と言うのです。これほど冒涜的な言葉はありません。とてもイエス・キリストを信じる宗教とは言えないでしょう。

 

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